2018年05月12日

スルタノフとホロヴィッツ(妻 Daceとの出会い編)

今回から4回に渡り、スルタノフとホロヴィッツに関する話を書いてみます。
まずは大変有名な、スルタノフと奥様 Daceさんとの出会いのお話です。
スルタノフご夫妻.jpg

1986年の4月20日(少し雨が降ったといいます)に、ホロヴィッツはモスクワ音楽院の大ホールで歴史的なコンサートを行いました。このコンサートはホロヴィッツの60年ぶりの祖国ロシアでの公演ということもあり、チケットは大変人気があり、さらに高価だったので、当時の学生たちには買えるものではありませんでした。それでもコンサートが聴きかった音楽院の学生約15人は、スルタノフに連れられて大ホールに隣接する建物のハシゴをのぼり、そこからホールの屋根に飛び移りました。まずはスルタノフが、そして他の学生も次々に続きます。その時に、あるブロンドの美人学生が雨に濡れて滑りやすい、斜めの屋根で滑りました(死ぬかと思った、とのこと)。その時に彼女の手をとったのがスルタノフです。スルタノフは当時から神童として音楽院でも有名で、もちろん彼女もスルタノフのことをよく知っていましたが、スルタノフのほうは彼女を知りません。後に有名となったセリフですが、「僕はとっさにそばにあったアンテナを掴み、もう一方の手で彼女を掴んだ。その子を見たら悪くなくってね、それで助けてあげたのさ。」と、助けてあげました。その彼女が後の妻になる、Dace Abele さんです。彼女はラトビアのリガからやってきて、モスクワ音楽院でチェロを勉強していた当時16歳の学生です。
それから、学生たち、特にスルタノフとDaceさんは肩を並べて大ホールの屋根裏からコンサートを聴いたのですが、そこからは全てが見えたといいます。もちろん、演奏するホロヴィッツも見えたし、鍵盤も全て見えたということです。
この数年後に、スルタノフはホロヴィッツと会いますが、このエピソードの話をすると、ホロヴィッツは笑って謝ったといいます。スルタノフも「あなたのせいで、結婚することになってしまいましたよ」と言ったとか。
後に2人は 1991年10月31日に、テキサス州のフォートワースで結婚式をあげました。

このお話は、とてもロマンティックで、この話が大好きなファンも多いのですが、なかなか想像がつきにくいところもあります。そこで、少し現地がどんなかんじだか見てみましょう。

まず以下の写真がモスクワ音楽院で、この写真の正面が大ホールであったはずです。隣の建物から、ホールの斜めの屋根に飛び移ったと記録がありますので、ひょっとすると奥の建物から手前に飛んだのかもしれません。(真相不明)

Moscow 05-2017 img41 Conservatory.jpg
By A.Savin (Wikimedia Commons ・ WikiPhotoSpace) - 投稿者自身による作品, FAL, Link



以下はホロヴィッツのコンサートの映像からの引用で、モスクワ音楽院の大ホールの中です。ステージの上あたりは、屋根の上から直結で行ける素敵なスペースがあるのかもしれません。
Horowitz in Moscow.png

なお、実はこのエピソードが取り上げられているドキュメンタリーフィルムがあり、理解のためのヒントになるのですが、残念ながらロシア語ナレーションで字幕がありません。ご興味がある方は 4:10 あたりからにご注目下さい。


ホロヴィッツのこのモスクワ公演はCDやDVDにもなっています。全く同じ日の公演ですので、これを見るだけで、若き日のスルタノフが会場にいることも感じることが出来るでしょう。
当日の演目には、スルタノフが後に得意としていたモーツァルトのピアノソナタ10番 K.330や、スクリャービンの練習曲 op.2-1やop.8-12 もあります。影響もいろいろあったのでしょう。モーツァルトのトリルの入れ方なども、とても影響があって興味深いです。

posted by Murakami at 17:28| Comment(0) | ご家族

2018年05月06日

伝説のメフィストワルツ

大変有名な、スルタノフのクライバーン・コンクールでのメフィストワルツの演奏です。
演奏中に弦が切れてしまったことでも有名なのですが、ファンの間では、この演奏後のスルタノフがとったポーズがカッコいいということでも話題になっています。
cliburn1.jpg

さて、このシーンは、クライバーンコンクールのドキュメンタリーフィルム "Here to make music" に収録されています。

残念ながら、事実上市場にはほとんど出回っていないDVDですが、スルタノフに関連する内容の一部は以下の動画で見ることが出来ます。

最初に流れるモーツアルトも音楽の喜びにあふれていて素晴らしいですが、次のメフィストワルツも集中力の高い圧巻の演奏で、弦が切れたということもあり、大喜びするアメリカ人の聴衆も見ることが出来ます。この動画では、演奏の後半が少し紹介されているだけで、実際に弦がどこで切れたかを確認することが出来ません。

コンクールのライブCDには、この演奏全体が収録されていますが、こちらも残念ながら事実上流通していないと言えます。ジャケット写真でも有名になったCDです。

さて、では実際にこの演奏のどこでどの弦が切れたのか気になる方は、こちらをご確認下さい。

場所は前半です。1:25くらいから聴いて頂くと、その歴史的瞬間がおわかり頂けると思います。楽譜にすると以下です。頂点の音ではないですし、強烈なフォルテであったとしても運が悪かったのでしょう。
liszt3.jpg

スルタノフのメフィストワルツは、その独特な解釈、また人生の重要な場で弾かれている点(クライバーンコンクールのビデオ審査、クライバーンコンクールの伝説の演奏、そして、ホロヴィッツの前で演奏した曲目である)で、いろいろと研究の余地が多いところですが、YouTubeのコメントに「Greatest Mephisto ever」などとあるように、コンクールの場で、オリジナルの楽譜とは違った形で演奏するというチャレンジの中、聴衆を釘付けにする素晴らしい演奏です。

最後に、この演奏に関して否定的である意見もあることをご紹介しておきます。
以下の本は、1989年のクライバーン・コンクールをテーマに書かれた本ですので、もちろんスルタノフの話はたくさん出てきます。著者は音楽評論家の方によくあるように、スルタノフの演奏はお好みではなかったようです。なおこの本は現在 Amazonで41円ですので、ご興味があればお読み頂いてもよいかもしれません。
posted by Murakami at 14:04| Comment(0) | 演奏

2018年05月01日

スルタノフに関する情報提供のお願い

いつも、アレクセイ・スルタノフホームページをご覧頂きありがとうございます。

アレクセイ・スルタノフ支援会では、少しでもスルタノフが活動してきた内容を記録しようと思い、情報を集めていますが、出来れば貴重な経験をされている皆様に、過去のデータなどご協力頂けたらありがたいと思い、以下の「情報協力の依頼」ページを作成しました。

情報協力の依頼

もし眠っている何かがあれば、お知らせ頂けるとありがたいです。

また、今後スルタノフ生誕50周年となる2019年に向けて、活動を協力して下さる有能なメンバーを募集しています。何か手伝えることがありそうかな、と思いましたら、是非お声かけ頂けるとありがたいです。
posted by Murakami at 22:59| Comment(0) | お知らせ

2018年04月29日

スルタノフのコンサート履歴の詳細

スルタノフのコンサート履歴について、日本公演の詳細については、当ホームページのプロフィールページの中の「来日記録」にてご紹介してきました。こちらを見て頂ければ、1991年、1996年、1997年、1999年の4回の来日公演の状況が、曲目付きでどういう形であったかがわかると思います。

では、世界中をどう演奏活動していたか、というと、スルタノフの弟のセルゲイ氏が作成された大変素晴らしいサマリーがあります。ロシア語のサイトなのですが、このコンサート履歴ページは英語で書かれており、多くの方にご理解頂けると思います。以下のページになります。

Архив | Сайт памяти Алексея Султанова

ここに掲載されている履歴は 1989年-1998年までの内容で、期間が限定されているのですが、非常に細かいレベルで日々の活動の内容が網羅されています。特に、クライバーンコンクール終了後からショパンコンクールまでの間の活動は、コンクール優勝者としての演奏ツアー、さらに複数レコーディングが行われたという程度しか知られていませんでしたが、このページを見ればコンサートや録音などほぼ全ての活動を確認することが出来ます。
例えば、重要な日付として、スルタノフがニューヨークでホロヴィッツと出会ったという歴史的な日は、1989年7月27日であるとはっきりと記載されています。
日本人にとって気になるところでは、例えば 1997年10月4日に、ダラスで尾崎豊のピアノアルバムをレコーディングしていることもわかります。


スルタノフがどのような演奏旅行を行ってきたかの詳細が気になる方は、是非アクセスしてみて下さい。
新しい気づきがいろいろとあると思います。
posted by Murakami at 17:19| Comment(0) | コンサート

2018年04月21日

スルタノフの3度は上手いのか

スルタノフといえば、やはり圧倒的なテクニックという印象があります。ピアノ演奏にはいろいろなテクニックがあり、スルタノフはオクターブの力強さやスピード感あふれるパッセージが印象的ですが、幻想即興曲に代表されるように、自ら進んで3度でいろいろと弾いているのでやはり上手なのでしょう。
既にスルタノフを代表する3度の技術が入った演奏をこれまで紹介してきましたが、もう少し比較しやすいものをご紹介してみます。

最初は、ショパンコンクールの1次予選で演奏した、ショパンのエチュード op.25-6 です。
スルタノフが残したショパンエチュードの録音は限定されているのですが、中でも op.25-6 の録音はこの1つしか残っていません。非常に貴重なものです。
以下はショパンコンクールで弾いたエチュード3曲の動画で、op.25-6 は2曲目(3:40頃)になります。

最近は op.25-6などの難曲をさらっと弾く若者もたくさんいるので、その技術の相対的な高さについてはちょっと判断が出来ません。ただ、1点ご紹介したいのは、スルタノフが病気で倒れた時に、スルタノフのオフィシャル掲示板に「私は1995年のショパンコンクールに出場していたのだが、あなたの op.25-6 を聞いて本当に圧倒されました」というコメントがかつてありました。ピアニストだからこそわかるものというのがあるのでしょう。
なお、このエントリの本題とは外れますが、このエチュードの動画を見ていると、なんといっても op.10-12 の革命のエチュードの演奏に圧倒されます。1次予選だというのに、演奏後もずっと終わらず幸せそうに拍手する聴衆たちをご覧下さい。最初に演奏された op.25-5 も本当に素晴らしいです。
ショパンコンクールの動画は、画質が悪いながらも手がよく見えますので、スルタノフの演奏するときの手や手首の使い方を学ぶのにとても参考になります。

もう1つご紹介したいのは、メンデルスゾーン=リスト=ホロヴィッツの結婚行進曲です。疲れも出てくるであろう後半に、見せ場の右手3度が登場します。腕自慢の若手がこの曲を弾くケースもよく見かけますが、ここの3度を苦しそうに弾いているのをみると、スルタノフのテクニックの凄さがわかると思います。
残念ながらこの曲を演奏した映像は残っていませんが、ライブでの興奮が伝わる録音が以下に残っています。2000年3月のリガでのコンサートの録音です。ラトビア共和国の首都リガはスルタノフ夫人出身の街でもあります。圧巻の3度が登場するのは4:35頃になりますが、結婚の喜びを表現した前半、官能表現豊かな中盤、そしてテクニック祭りの後半まで、是非全体を聞いていただき6分間の幸せを味わって下さい。
posted by Murakami at 09:58| Comment(0) | 演奏