2021年04月08日

古いインタビューと演奏

最近ロシア語圏のスルタノフサークルにて、以下の動画が発掘されました。

これは、1985年のインタビューです。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の3楽章が少しだけ映像で流れますが、これは未公開のものだと思います。貴重ですね。

13:39あたりから。


また 32:27 あたりから、インタビューの続きで、スルタノフのお母さん(ナタリア)との会話があります。

内容について、ロシアのスルタノフファンを代表するマリーナさんより教えて頂きました。
それでも日本語に直すと意味がわかないところが多いのですが、何となく理解出来るところもあると思います。以下にその試訳を載せます。

悩みや不安について
レポーター(R):あなたはポジティブなヒーローですか?
アレクセイ(A):いや、それほどポジティブというわけではないんです。
R:どんなことをするとお母さんが不満に思ったり、苦しんだりしますか?自分ではどう思います?
A:実のところ、何か母を怒らせるのか、私にはよくわかりません。きっと、よくあることだと思いますが。
R:じゃあ、いつものことってなんでしょう。
A: 母はいつも何かしらに怒っていますからね。
R: あなたにとって一番難しいことは何ですか?
A: 時々いる人なんですが・・・
R: いや、あなたにとって難しいことです
A: 大人や両親、先生が、受け入れられないことを要求するのが理解出来ないです。大人との関係の中で、時々こういうことがあります。
R: 受け入れることが出来ないって、どんなことでしょう。音楽の理解が異なるとかですか。それとも、勤勉さ、勉強とかそういう意味でしょうか。
A: 音楽についてもあります。ほんの些細なレベルです。でも、勤勉さという意味では、確かにあります。完全に他の世界の娯楽を捨てて音楽だけに集中する。そしていつも、成長し、読書し、真剣に励む。これはとても出来ません。だって、人は皆、人であり、何か1つだけをすることなんか出来ないです。
R: じゃあ、他のことでは、どんなことがやりたいですか?
A: そうですね。他の気晴らしとか。真面目な音楽だけだけでなく。例えば友達とどこかへ行ったり。もしくは、一緒に何か作ったりとか、そういうやつです。
R: ちょっとふざけ合う、みたいな
A: そうです。そんなかんじ。くだらない話をしたり、リラックスしたり。

オーケストラとの演奏にかぶせて:
アレクセイスルタノフは16歳で、彼はタシケントの音楽院の特別コースの生徒です。「彼は有望です」と教師たちは言います。アリョーシャはウズベキスタンでコンサートを開き、レニングラード、ノボシビルスクで演奏し、東ドイツやポーランド、ユーゴスラビアのツアーにも行きました。多くの音楽コンクールにも参加しています。もちろん、アリョーシャの人生は、明るいお祭り、人々からの感謝、音楽の喜びなどにあふれています。

R: アリョーシャ、あなたは人生の中で大きく考えが変わる重要なこととかはありましたか。何か覚えていますか?
A: はい、2年前のことで、とてもありふれた例ですが。新しい生徒が学校に来たんですが、全く違う人生で、すごく大変な状況でした。
R: どんな風に大変なんでしょう。
A: 彼は自分で生計を立てる必要がありました。早くにして父親をなくしまして。そのことは、自分を変える1つのきっかけでした。全てが簡単に行く、なんてことはそうはない。自分はある意味幸運なのだと。

32:27あたりからのエピソード:
母:あなたは両親や環境に恵まれなかったと考えているかもしれないけど、それがあなた自身こそがあなたの環境なのよ。親ではない、あなたを支える誰かが現れるかもしれないし。
A: 親や先生は環境の一部ではないということ?
母:もちろんそうだけど、あなたにとって重荷なんでしょう
R: つらいといっていましたよね。そして啓蒙だと。
A: 啓蒙だとは言ってないよ
M: 他人に天才であることを求めるけど、自分自身には求めない。でも近くいる先生たちはみんな、スホムリンスキー、コルチャック、ネイガウス、ナウモフみたいに、自分自身のためでなく、全て天才たちのためであるべきね。別に天才でなく、注目されていない人たち。彼らがどう生きるか、それがどれだけ大変か。そして不満だらけ。それが問題ね。
R: どう、アリョーシャ?
A: 確かにそうかもしれないけど。でも両親に先生への不平以外のことを言う人なんかいる?普段はこんなことを言われた、などのちょっとした不平や、あとはこう言ったとか、褒められたとか。でも、先生への印象や意見なんかを声に出して言う人はあまりいないと思うけれども。
R: 心の中にとどめておくということ?
A: もちろんそう。全部。
posted by Murakami at 20:46| Comment(0) | メディア

2021年02月13日

2000年3月 リガでのライブ録音

2000年3月に、スルタノフ夫妻はラトビアのリガでコンサートを行いました。リガは、スルタノフ夫人の出身地です。ブラックヘッドのギルドで行われたそのコンサートの録音は、スルタノフ夫人経由で当協会に伝わり、日本でリリースされました。
その時のマスターCDがこちらです。
LiveInRigaOriginal.jpg
日本での出版については、こちらのページをご参照下さい。

YouTubeもない当時、既に闘病中であったスルタノフの秘蔵ホロヴィッツ編曲集は大変話題になりました。
一方で、このCDとは別に「ポーランド版 ライブ・イン・リガ」というものが存在して、そちらには、これには入っていないショパンのソナタ3番が入っているという話もありました。

さて、月日は流れ、あれから17年。なんと、あの日のコンサートの全録音が公開されました。Inna Davidovaさんという方が公開されて、まずロシア語圏のピアノフォーラムで話題になり、日本にも情報が流れてきました。オリジナルの投稿には、Innaさんとスルタノフの写真も紹介されていました。

そして、この投稿で初めて、曲目と演奏順を知ることになりました。確かに、ショパンのソナタ3番も入っています。本プログラムが1999年の日本公演と同じであるならば、ハンガリー狂詩曲までが本プログラムで、死の舞踏、カルメン変奏曲、結婚行進曲がアンコールピースだったと思われます。


posted by Murakami at 23:29| Comment(0) | 演奏

2021年01月26日

1995年TCUでのマスタークラスの動画

これまで公開されたことのない、スルタノフのマスタークラスの大変貴重な動画が投稿されました。
1995年の夏、クライバーン協会の主催でフォートワースのTexas Christian Universityで、2週間のマスタークラスが開催され、スルタノフも講師の1人として参加しています。

この時の大変貴重な動画が残っていました。


1人目の受講生は、ショパンの練習曲 Op.25-12を弾いています。この曲はスルタノフがクライバーンコンクールで弾いた曲です。レッスンではコードの感じ方、和音の弾き方、ラインの取り方、練習の仕方などが解説されています。模範としてもたくさん弾いています。ほんの一瞬ですが、参考に Op.10-1を弾いているのも嬉しいです。生徒の演奏も、指導にあわせてどんどん音楽的になっていくのがわかります。

2人目の受講生は、リストの超絶技巧練習曲の10番です。この曲はスルタノフが残した録音はありませんが、1999年のエリザベートコンクールでは演奏しているので、レパートリにはあったはずです。楽譜を生徒に渡したまま弾いているシーンもあり、たくさん模範も弾いているので1995年の段階でレパートリであったのでしょう。
冒頭の両手の練習の仕方を、様々なパターンについて丁寧に教えています。ショパンのバラード4番の冒頭に倣ってみたり、水が止まらずに流れるような話をしているようです。一瞬のキレのよい和音の鳴らし方(ペダルを上手く使って)なども興味深いです。練習時に左手をきちんとやっておくと、演奏する時にもっと右手で歌うことを意識出来る、といった話もしています。フォルテでありながらも、馬の手綱をとってコントロールするように、などの話。クライマックスのフォルテの和音でじっくりゆっくり弾く、というアドバイスもスルタノフらしいです。テンポについても結構指示がありました。

このレッスンがショパンコンクールの前だというのも興味深いですね。ショパンコンクールで、「またスクールボーイに戻った気分だ」と言ったのも理解出来ます。
今となっては本当に貴重なビデオです。音声はかなり埋もれてしまって聴きとれませんが、それでも学ぶところがいろいろありそうです。是非お楽しみ下さい。
posted by Murakami at 22:34| Comment(6) | 歴史

2021年01月01日

1989年8月10日ラ・ロック・ダンテロン音楽祭での録音

新年早々ですが、スルタノフの未公開録音が発見されました。
ヴァン・クライバーンコンクール優勝後、丁度20歳になりたての1989年8月10日に、フランスのラ・ロック・ダンテロン音楽祭でリサイタルを行っていますが、その時のラジオ録音が公開されました。



演奏曲目は、以下です。
Mozart: Piano Sonata No. 10 in C major, K. 330
Chopin: Piano Sonata No. 3 in B minor, Op. 58
Rachmaninoff: Étude-Tableau in E-flat minor, Op. 39, No. 5
Prokofiev: Piano Sonata No. 7 in B-flat major, Op. 83
Liszt: Mephisto Waltz No. 1, S. 514

音楽祭の記録が記載されたこちらのサイトを見ると、ひょっとすると、もともとはモーツァルトではなくバッハの予定だったのかもしれません。そうすると時期的にイタリア協奏曲が予定されていたのかもしれません。このコンサートの開始時間は21:30と記載がありますので、夏の音楽祭らしく遅い時間だったようです。
http://www.festival-piano.com/fr/le-festival/editions-passees/edition-1989.html
ちなみに、録音には含まれていませんが、この日のアンコールは、ショパンの小犬のワルツと革命のエチュードを弾いています。このリサイタル全体として、フランスの新聞のレビューでも高評価をもらっています。

会場のParc du Château de Floransは、おそらくこんなところだと思います。

Festival de Piano.jpg
新年早々素晴らしいプレゼントになりました。レパートリとして新しいものはありませんが、全ての曲に、新鮮さを感じる演奏です。お楽しみ下さい。

posted by Murakami at 22:49| Comment(0) | 演奏

2020年12月02日

Tonight Showに出演するスルタノフ

最近、スルタノフの新しい動画が発掘されました。
こちらの動画ですが、アメリカの深夜トーク番組「The Tonight Show」にスルタノフが出演した時の動画です。もともとの投稿には、1989年7月21日と記載がありますが、内容からすると明らかに翌年の内容であり、1990年4月25日のものと判断しています。投稿者のharmony14447さんにもお伝えして、タイトルを1990年に変更して頂いています。

さて、こちらがその動画。


動画の冒頭では、スルタノフが前年のクライバーンコンクールの優勝者であり、5月3日にはカーネギーホールでデビューコンサートをする、と紹介が入った上で、プロコフィエフのソナタ7番の3楽章を演奏しています。

演奏後にはインタビューがあり、このようなことを話しています。
- ジャズのファンでもあること(ジャズフュージョン、ジャズロック)
- チック・コリアハービー・ハンコックマンハッタン・トランスファーなどのファンである
- ジャズは自宅のステレオで聴くが、ジャズクラブも行ったりもする。音楽ショップも好きだが、買いすぎが怖い。
- 200枚くらいのCDを持っている。半分くらいはクラシック。半分はジャズ・ロック。
- 今は、フォートワースとモスクワの両方に住んでいる
- テキサスは人が親切だし、バーベキューが最高
- モスクワのマクドナルドにはいかない。というのも行列がレーニン廟よりも長いから。
- アメリカでは、マクドナルドやバーガーキングにも行く
- でも、もっと時間とお金があるならば、日本料理に行く。日本料理は脳に良い。
- 熱狂的女性ファンもいて(当然である、全ての芸術家は持っているべきである)、翌日のお誘いなんかを受けることもあるが、だいたいコンサート翌朝の6時くらいの飛行機に乗らないといけないから、と言っている。

インタビューの内容もなかなか興味深いです。初めての来日公演は1991年なので、まだ日本に来たことがないのですから、スルタノフにとっても初来日は夢がかなったような思いだったでしょう。
この時は通訳なしで、大変流暢に英語で会話しています。クライバーン出場当時(1989年)は英単語数語を知っている程度でしたので、驚くべき進歩です。また会話の内容からも、これらは1989年7月ではないと判断出来ます。
こちらのページから、スルタノフは Tonight Showに2回出演していることがわかり、その2回目はまさにカーネギーホール(1990年5月3日)の直前ですので、この撮影は1990年4月25日であったということがわかります。

過去には、たどたどしい英語で回答する、1回目の出演の動画も見たことがあった記憶がありますが、今ちょっと見当たりません。またどこかから発掘されるとよいですね。
posted by Murakami at 23:57| Comment(0) | 歴史