2018年03月31日

リストの半音階

前回のブログで半音階という言葉を出したので、スルタノフの演奏から関連するところを少し見ていきたいと思います。

今回のトピックは、ショパンのスケルツォ第1番 ロ短調 op.20 です。この曲には最後に両手で4小節の半音階のスケールを弾きます。ところで、ここの部分ですが、Wikipedia(英語版)のエントリには、以下のような記載があります。
Scherzo No. 1 (Chopin) - Wikipedia
スケルツォ第1番の解釈として、ヴィラディミール・ホロヴィッツが最後の半音階のスケールを、オクターブで左右交互に弾いたことは有名である。このテクニックは彼が他の作品でも、自らの象徴のようによく使ったものである。この左右交互のオクターブ弾きでは、オリジナルの半音階スケールと同じ速度で弾くことが求められる。フランツ・リストが最初にこの方法で弾いたといわれている。

このテクニックは、日本では「リストの半音階」と表現されているものだと思います。(英語では"interlocking octaves"と表現されることがあるようです)

では、スルタノフの演奏を聴いてみましょう。この曲は、ショパンのスケルツォ集の中でスタジオ録音を残していますし、また1997年公演でも演奏しました。

まず、こちらがスタジオ録音のものになります。スルタノフはスタジオ録音になると、ライブとは異なるテンションで弾いていますが、特徴的な解釈はやはり聴衆をひきつけるものがあります。何といっても、中間部のポーランドのクリスマス・キャロルといわれている部分が、あまりに美しいです。

映像はありませんが、最後の半音階のスケールは、間違いなく交互のオクターブで弾いていることがわかります。

もう1つ、こちらは 1997年の大阪公演(1997/3/30)のライブ録音と言われています。大変残念なことに、録音テープの都合上、一部が欠けていますが、ライブらしいハイテンションな演奏です。あまりに特徴的で、聴き所がありすぎて、その全箇所を指摘することは出来ません。最後の興奮のリストの半音階をお聴き下さい。1997年の大阪公演を実施に聴かれた方からも、この最後のオクターブに大変興奮した、というお話を聞いたことがあります。(しかもこの曲はコンサート前半の1曲目です)


スルタノフが弾いた、「リストの半音階」の事例といえば、例えばチャイコフスキーのピアノ協奏曲の第3楽章などもあげられると思います。
残念ながら以下の映像は、あまり腕使いを見ることが出来ませんが、これも貴重な資料かと思います。


さて、今回のブログでは、リストの半音階として、スルタノフのスケルツォ第1番を紹介しました。
スルタノフは、1997年の公演レパートリにスケルツォ全曲を入れており、日本でも何度も演奏されています。
残念なことに、頻繁に弾いた曲であるにもかかわらず、このスケルツォ1番のライブ録音としてまともに残っているものがなさそうです。もし、1997年のスルタノフ公演で、何らかの形でこのスケルツォ1番の録音をお持ちの方がいらっしゃれば是非お知らせ下さい。スルタノフご家族にもご連絡したいと思います。

参考楽譜:
Chopin3.png


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2018年03月24日

半音階の魅力

スルタノフの演奏をよく聴いてみると、実は完全に楽譜に書かれている通りではなく、時々ちょっとした工夫が追加されていて、それが大変魅力的に聴こえることがあります。クラシック音楽の世界、特に教育段階において、こういったアプローチは否定されるケースも多いと思いますが、外野の意見を恐れることなく、自身のとって理想の芸術表現を最大限に追及していく姿は、いかにもスルタノフらしいと思います。

さて、本日は、残された録音の中から、半音階を使って曲の魅力をさらに引き出している演奏を3つ、楽譜と共にご紹介したいと思います。(楽譜はクリックすると大きくなります)

まずは、わかりやすいですが、こちらのショパンのワルツ第1番「華麗なる大円舞曲」です。

いろいろと立体的に工夫された演奏ですが、今日のテーマ半音階としては0:50からになります。楽譜でいうと、以下の右手の赤枠を経過音のように半音さげることで、とても誘惑されるワルツになっています。前後の青枠と、間の赤枠(FをEで弾く)で綺麗な半音階が出来上がっています。
Chopin1.jpg

2つ目もわかりやすく、今度はメロディではなく、バスを半音階にした例で、ハイドンのピアノソナタ59番の第3楽章です。

こちらの15:00頃をお聞き下さい。こちらも誘うようなお洒落な演奏です。以下の楽譜赤枠が半音下げている部分ですが、前後の青枠の音とあわせて、3小節かけて、ゆっくり下るバスを作っています。
Haydn1.jpg

また、2楽章の最後 12:00 頃にも左手のラインで半音階を作っています。こちらもとてもお洒落。
Haydn2.jpg


最後は、細かくてわかりにくいですが、ショパンのバラード4番のコーダです。

9:10頃に右手に一瞬お洒落な半音階が出てきます。以下の赤枠が変えた音で、その前後の青枠の音とあわせて半音階を作っています。普通に聴いているとついつい通りすぎてしまいますが、このように表現の最大限の追及をしながら、考えて演奏を作り上げていることがよくわかります。
Chopin2.jpg

今回は、演奏と楽譜を使いながら、スルタノフの魅力の1つをご紹介してみました。
もし、この手の半音階加工の例で、ご紹介していない見落としなどがありましたら、是非お知らせ下さい。皆さんと共有したいと思います。
posted by Murakami at 12:36| Comment(0) | 演奏

2018年03月21日

ウスペンスキー音楽学校とスルタノフ

前回の、ポポヴィチ先生の特集ビデオに続き、今度は、ウスペンスキー音楽学校の特集ビデオが公開されていましたので、ご紹介させて頂きます。スルタノフがどういう環境で幼少期を過ごしたのかが理解出来る大変貴重な資料になっています。


この動画の中では、ポポヴィチ先生のインタビューが何度か取り上げており、タシケントの音楽教育において、いかにポポヴィチ先生が重要な位置づけであったかがよくわかります。
22:55 頃に、リスト=ホロヴィッツのハンガリー狂詩曲第2番を弾いている貴重な動画が入っています。

このコンサートは、ステージ上にピアノが2台あり、また椅子もちょっと変わっていて不思議なコンサートですが、ひょっとするとマスタークラスの後の模範演奏なのかもしれません。
スルタノフは1999年の11月に、祖母であり、有名なウズベク女優でもあるZamira Khidoyatova のための記念コンサートをタシケントで開いています。11月19日にもコンサートをしていますが、祖母への記念コンサートは、11月20日に、タシケントの Turkistan というコンサートホールで行われた、という記録があります。
さて、この動画で記録されているコンサートはその2つとは異なるようで、おそらく以下の写真からも11月23日に行われたものかと思います。この写真も、ひょっとするとポポヴィチ先生との最後のツーショットかもしれない、貴重な写真です。
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最後に、このコンサートの関係者一同で撮影した写真があるようです。スルタノフファンの皆さんは、何人ご存知でしょうか。
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posted by Murakami at 21:14| Comment(0) | 一般

2018年03月17日

アレクセイ・スルタノフコンクールの可能性

世の中には、偉大な作曲家やピアニストの名前を冠にした国際コンクールがたくさんあります。例えばスルタノフが優勝した、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールもその1つです。ウラディミール・ホロヴィッツ記念国際ピアノコンクールというものもあります。

実は、いまだに実現には至っていませんが、スルタノフの名前を冠にした、コンクールも検討されているのです。以下の記事から抜粋します。
Music Culture of the 20th Century Uzbekistan
アレクセイ・スルタノフを記念した「若い音楽家のための国際コンクール」を実施しようという動きがある。このアイディアが実現し、彼の名前が美しい音楽祭の中で永遠に残ることになれば、どれだけ素晴らしいことであろうか。

これは、実に素晴らしいことだと思います。今では世界中に国際コンクールが大量にありますが、ウズベキスタンには大きな国際コンクールはありません。例えばAlink-Argerich Foundationのコンクール検索でも国として選択肢がない状態です。お隣カザフスタンには、アルマティ国際ピアノコンクールなど知名度の高いものもありますが、タシケントにはないのです。
ウズベキスタンからは、スルタノフはもちろん、イェフィム・ブロンフマンベフゾド・アブドゥライモフスタニスラフ・ユデニッチアンナ・マリコヴァなど、世界的に活躍するピアニストが大量輩出されているわけであり、国として1つ大きいコンクールを持っているかどうかは大きな影響があると思います。スルタノフ記念コンクールは、まさにそんなウズベキスタンに必要とされるコンクールだと思います。

上記の記事は2010年に執筆されたものでその後8年が経過していますが、まだ実現される見込みはありません。しかし、スルタノフの弟のセルゲイ氏に話を聞いてみたところ、実現は容易ではないものの、やはりこういった動きはあるとのことです。ウズベキスタンの文化関係者とも会話は行われているようですが、今後に期待しましょう。このコンクールを開催することは、セルゲイ氏の夢の1つであると聞いています。

さて、もしコンクールが開催されるとしたら、気になるのは、審査員や課題曲、そしてどういう参加者が集まるかどうか、というところです。やはり、アカデミックな解釈にこだわりすぎず、真の音楽の美しさを追求する、という評価基準で審査されるのでしょう。
審査員や課題曲については、スルタノフのキャリアなどを考えつつ、ファンの皆さん各自、いろいろな妄想が出来るのではないでしょうか。私も、誰を審査員に呼べばいいのか、また、課題曲を何にするのか、などを妄想すると、わくわくします。

実現に向けてのハードルはかなり高いのでは、という意見がありつつも、スルタノフのように、新しい挑戦に恐れることなく、際限ない芸術的な高みを目指せる若い音楽家を、スルタノフの名前のついたコンクールで発掘する。こんな素晴らしい企画を是非実現させたい場合は、是非、スルタノフのご家族などと話す機会があったときに、その思いを伝えてあげて下さい。日本からご支援出来ることがどれだけあるかわかりませんが、一言一言の前向きな意見が、きっと関係者への原動力となると思います。

※以下はSNSのために作成した妄想ロゴです。
AlexeiSultanovCompetition.jpg
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2018年03月11日

ポポヴィチ門下生とスルタノフ

前回のブログで、ポポヴィチ先生とスルタノフに関する内容をご紹介しました。本日は、ポポヴィチ門下の優秀な生徒たちを紹介しながら、スルタノフとの関係についてを紹介していこうと思います。

まず最初は、1990年のショパンコンクールで5位入賞の Anna Malikova です。
彼女は、1965年生まれなのでスルタノフより4歳年上になります。タシケント生まれで、ウスペンスキー音楽学校でタマーラ・ポポヴィチ先生についており、14歳からモスクワ中央音楽学校でナウモフ先生に師事します。
ポポヴィチ門下がナウモフ先生にその後師事するケースは多いのですが、おそらく彼女が最初ではないかと思います。ポポヴィチ先生とナウモフ先生がどれだけ会話をされていたかわかりませんが、少なくとも、当時タシケントで天才少年であったスルタノフを、ナウモフ先生に紹介したのは、Anna Malikovaだと言われています。

次に紹介するのは Lola Astanova です。彼女は日本ではあまり知られてはいませんが、世界的には大変有名です。例えば Lola Astanova の Facebook ページは執筆現在 17万件以上のいいねがついており、これは、15万件の Yuja Wang の Facebookページを上回ります。なお、Lola Astanova は超絶技巧を売りにしつつも、ファッションリーダーとしても有名です。ある記事のタイトルでは、「Meet Russia’s answer to Yuja Wang」という形で紹介されていました。

さて、彼女は自身のホームページで、影響を受けた人に「ラフマニノフ、ショパン、ホロヴィッツ、スルタノフ」と語っています。
こんなかんじです。
私が最初にアレクセイに会ったのは、まだ子供だったときでしたが、それはものすごい印象でした。それから、10代になり、コンサートで彼を聞いたとき、私の中で何かが動いたのです。それは、私にとって本当に重要な瞬間で、それ以来、私はもう、これまでと同じようには弾かなくなりました

彼女自身、スルタノフと同じく、ポポヴィチ先生に習った後、モスクワ音楽院でナウモフ先生に師事しています。

さて、Lola Astanova は視聴者とのコミュニケーションが得意なタイプのアーティストで、以前、ピアニストのウォームアップについて動画をアップしていました。その動画は今 YouTube からないようですので、別サイトにある同じ動画を、以下のリンクで紹介しておきます。
Ask Lola - Warm-up routine
上記リンク先の動画は、最初は話が入っているので、お急ぎの方は、3分あたりから見て頂くとよいと思います。この動画は、右手と左手のポジションはオクターブではなく、10度で開始していますが、一般的に Formula Pattern と呼ばれているタイプの練習方法でして、オクターブでやることが多いと思います。(Formula Patterの詳細はこちらも参考)。この練習方法について、スルタノフの弟のセルゲイ氏に聞いてみたところ、このやり方はポポヴィチ先生の指導だ、とのことでした。若きスルタノフを作り上げたポポヴィチメソッドを研究する上で大変興味深いです。
なお、彼女はウォームアップについて、また別の動画をアップしております。これはオリジナルなのか、それとも、やはりポポヴィチ先生から習ったものなのか、興味深いところです。


次に紹介するのは、Tamila Salimjanova です。彼女は2009年の浜松国際ピアノコンクールに出場していますし、2015年のショパンコンクールをはじめ、いくつか国際ピアノコンクールに参加しているので、ご存知の方もいらっしゃると思います。2012年ブラジルのBNDESコンクールで優勝しています。
以下のメフィストワルツはそのコンクールで弾いたときの演奏です。コンクールですので、基本は楽譜に忠実に弾いていますが、スルタノフの演奏に詳しい方は、影響を受けていることがわかると思います。私としては、このメフィストよりも彼女の弾く、ショパンのバラード4番やドビュッシーの喜びの島、メンデルスゾーンの厳格なる変奏曲などに魅力を感じますが、今回はスルタノフつながりということで、こちらの動画をご紹介させて頂きます。


ところで、2014年8月に私が"Tribute to Sultanov" というスルタノフへの記念コンサートを開催したときに、Tamila Salimjanova はこのようなメッセージを送ってくれました。このメッセージはコンサートの直前、2014年8月7日に届いたものです。
アレクセイ・スルタノフは、いつでも私のインスピレーションです。ステージに向かう前、私は必ず、彼とポポヴィチ先生に感謝するようにしており、彼とポポヴィチ先生は、いつも自分の心の中にいるのです。
本日、8月7日はアレクセイの誕生日であり、私はチャイコフスキーのピアノ協奏曲を演奏することになっていますが、この演奏は、アレクセイに捧げて演奏するものだと、自分の中では決めています。日本のコンサートでも成功をお祈りいたします。
私は世界中でたくさんの人々が、いまだに彼のことを覚えており、尊敬し、そして愛し続けていることを知って大変嬉しく思います。どうもありがとうございます。そして、私たちの音楽で、アレクセイに特別なことをしてあげましょう!


いかがでしょう。彼女の中で、いかにスルタノフが特別なのか、おわかり頂けると思います。

なお、Lola Astanova と Tamila Salimjanova は2人とも、Moscow International F. Chopin Competition for Young Pianistsで入賞しているという共通点もあります。二人の演奏スタイルもやや似ていて、スルタノフはどちらかというと、ナウモフ門下的な弾き方、この2人はどちらかというとポポヴィチ門下的な弾き方なのかな、と個人的には感じています。

日本ではほぼ無名と言えますが、ピアニストの Ulugbek Palvanov氏もポポヴィチ先生に習い、その後モスクワでナウモフ先生に師事しています。彼のスルタノフに対する直接的なコメントは取れていませんが、彼が YouTube にアップした自身のチャンネルを見てください。
https://www.youtube.com/user/Nissor/videos
自分のビデオをたくさんアップする中で、スルタノフの動画もアップしてくれています。かなり貴重な動画がみれるのも、彼のおかげといえるでしょう。彼自身の演奏もなかなか素敵ですし、同門としての資料でもありますので、是非見てみて下さい。

最後に2名、ポポヴィチ先生の門下生をご紹介します。
1名目は、かつて浜松国際コンクールも受験しにきた、Fazliddin Husanov氏です。彼も、その後ナウモフ先生についています。残念ながら、今のところスルタノフに関するコメントは取れていませんが、偉大になる先輩として影響はあったことだと思います。

そして、最後は、ベフゾド・アブドゥライモフです。N響とも共演して、その時演奏したラフマニノフのピアノ協奏曲3番はTV放映もされましたので、ご存知の方も多いと思います。こちらもスルタノフへのコメントは確認出来ていませんが、ポポヴィチ門下最後の大物ですので、是非応援してあげて下さい。
posted by Murakami at 18:33| Comment(0) | 一般