2021年11月14日

スルタノフの新しいインタビュードキュメンタリーが公開されました。

「7歳にしてアリョーシャは天才だった」というタイトルで、スルタノフの新しい動画が公開されました。
これは、インタビューベースのドキュメンタリーとなっています。インタビューアーのElena Pogrebizhskayaさんは、YouTubeで35万人の登録者を持つロシアのジャーナリスト、ディレクター、脚本家で、ロシアTVアカデミーのメンバーでもあります。Elenaさんがスルタノフの弟、Sergei Sultanovさんにインタビューをしています。
全編ロシア語ではありますが、YouTubeの自動翻訳や映像などを見ればロシア語がわからなくても多少理解が出来ますし、未公開映像と思われる貴重なものもあるので、是非ご視聴してみて下さい。



おおまかな内容:
若き天才
- (Sergei氏にとって) Alexeiは天才であったといえるか → 3歳にして天才だったのでは 
- 9歳の頃のインタビュー(ウスペンスキー音楽学校で学びモーツアルトの協奏曲を弾いたなど)
- ポポヴィチ先生の話
- 中央音楽学校へ行き、家族でモスクワに引っ越した話
- 以前のTVでのドキュメンタリーと、ラフマニノフの協奏曲2番

チャイコフスキーコンクールと骨折
- 1986年のチャイコフスキーコンクールの話
- 小指を骨折した話
- 審査員が彼の小指を理由に本選に選ばなかったという話
- 1986年のドキュメンタリーより(レッスンやスケルツォ2番、舞台裏のナウモフ夫妻)
- ショパンのソナタ3番の3章の練習シーン(壁には、Sultanov というコンサートポスター)

喝采
- 過去のインタビュー
- ドイツのコンサート主催者との出会い
- クライバーンコンクールへの参加
- ホロヴィッツのモスクワコンサートでの出来事
- テコンドー、ヘリコプターや船の運転に挑戦した話、バンジージャンプの映像
- 日本のファンの話(何と当ブログや、ホームページが紹介されています)
- 日本人は彼の完璧さと誠実なところが好きなのではないか(Sergei氏の意見)
- 1999年の日本公演時のNHKインタビュー
- 1995年のショパンコンクール時の映像(演奏以外の映像も興味深い)
- スルタノフがショパンの音楽を愛していたということ
- 本選でのコンチェルトの演奏の後、拍手が鳴りやまなくてアナウンスが入ったこと(映像あり)
- 1998年のチャイコフスキーコンクールの話。ドレンスキー教授とマツーエフについて。
- チャイコフスキーコンクールの映像、その時のニュース(ドレンスキーのインタビュー)
- コンサートは多かったが、勤勉で完璧主義で、聴衆のために演奏した。

さらに加速して走る(run even faster)
- 1990年のUS TVに出演した時の動画(ジャズが好き)
- 脳卒中の話
- 日本とポーランドにある、スルタノフファンクラブの話
- タシケントで開催したい、アレクセイ・スルタノフ国際ピアノコンクールの話
- 革命のエチュードを弾く 15-16歳くらいの動画

公開数日後にして既にコメントは1,000件以上もついており、ほぼ全てがロシア語なので読み切れていませんが、中にはスルタノフの親戚の方の書き込みや、スルタノフに関する55ページの本がロシアで書かれたことがある、という内容もあり、今回の動画をきっかけとして、ロシアの中でまた情報が発掘されていくかもしれません。そうなることを期待しましょう!
posted by Murakami at 22:46| Comment(0) | ご家族

2019年09月20日

Sfogato国際音楽祭が開催されます

毎年ポーランドのクラクフで開催されている Sfogato国際音楽祭が、今年も開催されます。
今年は、以下を記念したイベントとなっております。

- ショパン没後170周年
- スタニスワフ・モニューシュコ生誕200周年
- クララ・シューマン生誕200周年
- グラジナ・バツェヴィチ生誕110周年、没後50周年
- アレクセイ・スルタノフ生誕50周年

音楽祭主催のMarta Polanskaさんは日本との関係も深く、また、ポーランドを代表するスルタノフファンとしても世界的に有名です。
そして、今年は日本ポーランド国交樹立100周年になりますが、それ記念して、日本人アーティストが参加することになり、恐れ多くも私、村上が出演させて頂く予定となりました。

この音楽祭は過去にも日本から、伊賀あゆみ&山口雅敏デュオが出席して、ポーランドのメディアで取り上げられました。


スルタノフの弟、セルゲイ・スルタノフも毎年参加しており、今年も参加します。




素晴らしい音楽祭となることを、大変楽しみにしています。
posted by Murakami at 00:02| Comment(0) | ご家族

2019年04月14日

スルタノフとボルシチ

以前、スルタノフとプロフに関する歴史のご紹介をしました。こちらにも記載した通り、スルタノフはご家族のプロフを食べて逞しく成長し、また自分でもプロフを時々料理していました。
スルタノフとプロフ

さて、プロフは、ウズベキスタンの代表的な料理ですが、やはり旧ソ連の出身として、またモスクワに長年在住しておりましたので、代表的なロシア料理である「ボルシチ」はどうだったか、というのも気になります。

これに関しても実は資料が多少あり、スルタノフは家庭でボルシチを料理していたようです。
以下は、1997年の秋頃、テキサスのご自宅のキッチンで料理しているシーンです。

borscht1.jpg

アメリカでの料理は、スープを作るのにもミネラルウォーターを使っていたようです。
そして、そのボルシチのお鍋はこちら。
borscht2.jpg

アメリカに移り住んでも、食文化は大事にされていたようですね。お味のほうも気になります。
posted by Murakami at 19:39| Comment(0) | ご家族

2018年09月22日

クライバーンコンクールのビデオ予選

スルタノフのクライバーンコンクールに関してはこれまで様々な形で報道されていますが、案外きちんと伝えられていないのは、予備予選のビデオ審査についてです。

スルタノフがビデオ審査で、以下のメフィストワルツを弾いたことは大変有名です。


この映像が、クライバーンコンクールのビデオ審査のために収録されたことは、ドキュメンタリーフィルム"Here to make music" の中でも数秒公開されているため、明らかです。

ここでの疑問として、なぜスルタノフは当時モスクワに住んでおり、モスクワ音楽院に通っていたにも関わらず、サンクトペテルブルクでビデオを撮影したのか、ということです。
このことについて、弟のセルゲイ氏について聞いてみたところ、「あのビデオはコンクール運営事務局が撮影したもので、その会場がサンクトペテルブルクであったから」ということです。最近ではビデオ審査というと、コンテスタントが自身で撮影するイメージがありますが、当時の映像技術や公平性などを考えると、そういうものなのかもしれません。

この内容の裏づけのために、以下の本を確認してみました。


この P.222-227 に今回のことに関連する内容が書いてあります。クライバーンコンクールでは、ビデオ審査を公正にするために録音装置などを工夫して、各都市における条件を均一にして、17の会場の音響的な相違が最小限度におさえられる形で実施したようです。
また、その結果として「おのおのの応募者は、自分が演奏した45分のリサイタルから、25分を選び、それに従いテープは編集された」ということです。スルタノフがどういう45分のリサイタルをしたかは情報がありませんが、少なくとも以下のラフマニノフのエチュードもあわせて収録されたと思います。



ソ連からの出場者については以下の記述があります。
ソ連からの4名は、当初の15人のグループから、まずソ連側がレニングラードで選考を行い、そのうちから5名が、クライバーン当局により、ビデオ撮影候補に選ばれたものだった。

最終的に、ソ連からは以下の4名が参加しました。
- アレクセイ・スルタノフ(第1位)
- アレクサンドル・シュタルクマン(第4位)
- エリッソ・ヴォルクヴァゼ(第6位)
- ヴェロニカ・レズニコフスカヤ

こちらが、オフィシャルな結果になります。USSRは強いですね。
EIGHTH VAN CLIBURN INTERNATIONAL PIANO COMPETITION
posted by Murakami at 18:48| Comment(0) | ご家族

2018年09月02日

スルタノフ兄弟の連弾

兄弟でピアニストであれば、一度は連弾という話があると思います。アレクセイとその弟セルゲイは年の差7歳であり、兄アレクセイは19歳でヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールに優勝してから、拠点がモスクワからアメリカになっていますので、一緒に過ごした期間はかなり限定されますが、それでも連弾などをしたことがあるのか、という質問をセルゲイ氏にしてみました。

公の場では演奏はしたことはないそうですが、家で楽しむ程度に2人で弾いたことはあるそうです。
例えば作品としては、ラヴェルのマ・メール・ロワ。
録音はないですが、以下は気分を味わう参考資料として、アルゲリッチ&ランランの演奏です。


他にはシューベルトの作品をいくつか弾いたそうです。
スルタノフのシューベルトの連弾といえば、ホロヴィッツと演奏した幻想曲を思い出しますが、そうではなく軍隊行進曲など別の作品で遊んだようです。
(参考:スルタノフとホロヴィッツ(ご対面編): アレクセイ・スルタノフ情報

また、ベートーベンの交響曲の連弾なども兄弟で楽しんだようでした。

なお、私は弟のセルゲイとは連弾をした経験があります。合わせ時間はあまりない中での本番だったのですが、結構攻めるタイプなのだと感じました。兄の影響もあったのかもしれませんね。
posted by Murakami at 11:38| Comment(0) | ご家族