2018年06月03日

スルタノフとホロヴィッツ(ホロヴィッツ編を弾く)

全4回で予定していた、スルタノフとホロヴィッツに関する連載の最後になります。過去のものはこちら。

スルタノフとホロヴィッツ(妻 Daceとの出会い編)
スルタノフとホロヴィッツ(ご対面編)
スルタノフとホロヴィッツ(ホロヴィッツのピアノ編)

さて、ホロヴィッツシリーズ4回目となる今回は、スルタノフとホロヴィッツ編曲作品についての関わりをご紹介します。
スルタノフが持っていたレパートリという点からは、以下のレパートリページとディスコグラフィページが参考になります。この中にも、ホロヴィッツという文字が見えます。
アレクセイ・スルタノフ ソロレパートリ
アレクセイ・スルタノフ ディスコグラフィ

スルタノフの演奏は、もちろんどの曲もホロヴィッツの影響を大きく受けているわけですが、まず最初にホロヴィッツの解釈にならって演奏された、といえるのは、1988-89年に演奏されているメフィスト・ワルツだと思います。以下の動画はクライバーン・コンクールのビデオ審査に提出したものですが、この後、コンクールで弾き、カーネギーホール公演を含む入賞者コンサートツアーで何度も弾き、さらにはホロヴィッツの目の前でも弾いています。


時間軸として、次にスルタノフが弾いたのは、ラフマニノフのソナタ2番のホロヴィッツ版になると思います。主に1996年の公演プログラムに使われましたが、それより前の1992年に2月にTELDECのベルリンのスタジオにて録音を行っています。


以下は1996年の東京公演になります。


その次にスルタノフが弾いたホロヴィッツ編は、リストのハンガリー狂詩曲第2番です。こちらは、1999年3月の日本公演で演奏しています。具体的にいつ頃から弾いていたかの記録はありませんが、1998年の7月頃から練習をしていたのではないかと言われています。


さて、その後スルタノフは2000年3月に行われたリガでのライブで、ハンガリー狂詩曲に加えて、カルメン変奏曲、結婚行進曲、死の舞踏と、4曲のホロヴィッツ編を披露しています。この3曲もレパートリとしては当時最新であったと推測されますが、この中ではカルメン変奏曲を一番最初にマスターしていたようです。1998年に行われたインタビューで、既にカルメンをレパートリにしていると答えたようですが、1999年公演ではアンコールを含めて一切披露していなかった点や、ホロヴィッツ編の多くの楽譜を1999年公演の中でファンから入手したのでは、という疑惑もあり、はっきりしないところもあります。いずれにせよ、これらはあっと言う間にレパートリになり、1999-2000年の公演で、母国ウズベキスタンや、モスクワ、リガなどで演奏しています。実現こそなりませんでしたが、ジャパン・アーツのアーツコアレーベルより、ホロヴィッツの編曲集の録音をリリースするという計画もありました。

これは 2000年にモスクワのグネーシンでのコンサートの貴重な映像です。カルメン変奏曲。


同じ日に演奏した、死の舞踏。


別の日(2000年3月のリガ公演)の録音より、結婚行進曲。


最後に、上記まではよく知られているのですが、さらに2000年4月に、スルタノフはフォートワースにてもう1曲、ホロヴィッツ作曲の「変わり者の踊り」を録音しています。
この録音は、ロシアなどで小さく流通されたという「Unpublished Sultanov」というCDの中に含まれました。


録音が残っているのは、今のところこれくらいです。
この他によく知られている話としては、以下があります。
1. リスト=ホロヴィッツのハンガリー狂詩曲第15番(ラコッツィ行進曲)はレコーディングこそ行われなかったが、既に練習には取り組んでいた。
2. ホロヴィッツ編曲の星条旗よ永遠なれ、は、本来アメリカ国籍取得記念セレモニーで演奏予定であったが、時期が延びてしまい、結果的には病後となった2004年に右手1本で "America the Beautiful" を演奏した。
その他、レパートリリストには、ハンガリー狂詩曲第19番のホロヴィッツ編も記載がありますが、こちらは情報はありません。

いずれにせよ、スルタノフが最も尊敬していたホロヴィッツの編曲も、多くの曲が無事に録音されていたことに感謝し、お楽しみ頂ければと思います!
posted by Murakami at 15:54| Comment(0) | 演奏

2018年05月06日

伝説のメフィストワルツ

大変有名な、スルタノフのクライバーン・コンクールでのメフィストワルツの演奏です。
演奏中に弦が切れてしまったことでも有名なのですが、ファンの間では、この演奏後のスルタノフがとったポーズがカッコいいということでも話題になっています。
cliburn1.jpg

さて、このシーンは、クライバーンコンクールのドキュメンタリーフィルム "Here to make music" に収録されています。

残念ながら、事実上市場にはほとんど出回っていないDVDですが、スルタノフに関連する内容の一部は以下の動画で見ることが出来ます。

最初に流れるモーツアルトも音楽の喜びにあふれていて素晴らしいですが、次のメフィストワルツも集中力の高い圧巻の演奏で、弦が切れたということもあり、大喜びするアメリカ人の聴衆も見ることが出来ます。この動画では、演奏の後半が少し紹介されているだけで、実際に弦がどこで切れたかを確認することが出来ません。

コンクールのライブCDには、この演奏全体が収録されていますが、こちらも残念ながら事実上流通していないと言えます。ジャケット写真でも有名になったCDです。

さて、では実際にこの演奏のどこでどの弦が切れたのか気になる方は、こちらをご確認下さい。

場所は前半です。1:25くらいから聴いて頂くと、その歴史的瞬間がおわかり頂けると思います。楽譜にすると以下です。頂点の音ではないですし、強烈なフォルテであったとしても運が悪かったのでしょう。
liszt3.jpg

スルタノフのメフィストワルツは、その独特な解釈、また人生の重要な場で弾かれている点(クライバーンコンクールのビデオ審査、クライバーンコンクールの伝説の演奏、そして、ホロヴィッツの前で演奏した曲目である)で、いろいろと研究の余地が多いところですが、YouTubeのコメントに「Greatest Mephisto ever」などとあるように、コンクールの場で、オリジナルの楽譜とは違った形で演奏するというチャレンジの中、聴衆を釘付けにする素晴らしい演奏です。

最後に、この演奏に関して否定的である意見もあることをご紹介しておきます。
以下の本は、1989年のクライバーン・コンクールをテーマに書かれた本ですので、もちろんスルタノフの話はたくさん出てきます。著者は音楽評論家の方によくあるように、スルタノフの演奏はお好みではなかったようです。なおこの本は現在 Amazonで41円ですので、ご興味があればお読み頂いてもよいかもしれません。
posted by Murakami at 14:04| Comment(0) | 演奏

2018年04月21日

スルタノフの3度は上手いのか

スルタノフといえば、やはり圧倒的なテクニックという印象があります。ピアノ演奏にはいろいろなテクニックがあり、スルタノフはオクターブの力強さやスピード感あふれるパッセージが印象的ですが、幻想即興曲に代表されるように、自ら進んで3度でいろいろと弾いているのでやはり上手なのでしょう。
既にスルタノフを代表する3度の技術が入った演奏をこれまで紹介してきましたが、もう少し比較しやすいものをご紹介してみます。

最初は、ショパンコンクールの1次予選で演奏した、ショパンのエチュード op.25-6 です。
スルタノフが残したショパンエチュードの録音は限定されているのですが、中でも op.25-6 の録音はこの1つしか残っていません。非常に貴重なものです。
以下はショパンコンクールで弾いたエチュード3曲の動画で、op.25-6 は2曲目(3:40頃)になります。

最近は op.25-6などの難曲をさらっと弾く若者もたくさんいるので、その技術の相対的な高さについてはちょっと判断が出来ません。ただ、1点ご紹介したいのは、スルタノフが病気で倒れた時に、スルタノフのオフィシャル掲示板に「私は1995年のショパンコンクールに出場していたのだが、あなたの op.25-6 を聞いて本当に圧倒されました」というコメントがかつてありました。ピアニストだからこそわかるものというのがあるのでしょう。
なお、このエントリの本題とは外れますが、このエチュードの動画を見ていると、なんといっても op.10-12 の革命のエチュードの演奏に圧倒されます。1次予選だというのに、演奏後もずっと終わらず幸せそうに拍手する聴衆たちをご覧下さい。最初に演奏された op.25-5 も本当に素晴らしいです。
ショパンコンクールの動画は、画質が悪いながらも手がよく見えますので、スルタノフの演奏するときの手や手首の使い方を学ぶのにとても参考になります。

もう1つご紹介したいのは、メンデルスゾーン=リスト=ホロヴィッツの結婚行進曲です。疲れも出てくるであろう後半に、見せ場の右手3度が登場します。腕自慢の若手がこの曲を弾くケースもよく見かけますが、ここの3度を苦しそうに弾いているのをみると、スルタノフのテクニックの凄さがわかると思います。
残念ながらこの曲を演奏した映像は残っていませんが、ライブでの興奮が伝わる録音が以下に残っています。2000年3月のリガでのコンサートの録音です。ラトビア共和国の首都リガはスルタノフ夫人出身の街でもあります。圧巻の3度が登場するのは4:35頃になりますが、結婚の喜びを表現した前半、官能表現豊かな中盤、そしてテクニック祭りの後半まで、是非全体を聞いていただき6分間の幸せを味わって下さい。
posted by Murakami at 09:58| Comment(0) | 演奏

2018年04月14日

スルタノフが弾く半音階スケール

スルタノフが弾くと、両手オクターブの半音階スケールはリストの半音階で弾いたり片手の半音階スケールは3度で弾いたり、という件をここまでご紹介してきましたが、では、普通に半音階スケールを演奏しているケースはあるのかと考えたくなります。
スルタノフのレパートリを見て考えた時に、スケルツォ2番や4番など、短いものは思いつきますが、1オクターブかそれ以上続くようなものをあったかなと考えると、なかなか思いつきません(幻想即興曲の長い下降は3度で弾いていることですし)。

そこで、レパートリとしては少し珍しいものですが、その中でばっちり弾いているものを1つ見つけたのでご紹介したいと思います。

モーツアルトの協奏曲第20番。第1楽章の後半(8:45頃から)と、カデンツァ(ベートーヴェン)の最後に半音階のスケールがありました。その部分は後半になるのですが、是非最初から聴くことをお勧めします。大変工夫満載で、恐れを知らぬ演奏です。少し攻めすぎに聞こえもしますが、「あっ、こんなことしている」と、工夫を楽しみながら、そして幸せを感じながら聴いて頂きたいです。(執筆現在、これほど極端な演奏でありながら Like が63件、そして dislike が0件というのは驚きです)


スルタノフはモーツアルトの協奏曲は20番を子供の頃からよく弾いており、10歳の時にウズベキスタン国立交響楽団との録音も残っています。日本公演では弾いた記録はないですが、海外ではアメリカ、ポーランド、ウズベキスタンでなど弾いていたようです。大人になってからの録音は、上記に加え、1999年4月9日、ポーランドのカトヴィッツェでの演奏(ポーランド国立放送交響楽団。指揮:Gaetano Delogu)があります(ポーランドのラジオで放送)。こちらもいつか再公開される日が来ればよいですね。

他にもスルタノフが長い半音階スケールをそのまま弾いている例はあるかもしれませんが、ぱっと思いつかないこともあり本日は、モーツアルトの20番の貴重な録音を紹介させて頂きました。
posted by Murakami at 12:44| Comment(0) | 演奏

2018年04月07日

3度の半音階

前々回、前回と、半音階の魅力リストの半音階というテーマで、スルタノフの演奏を見てきました。
ところで、スルタノフの演奏を聴きながら半音階について一番感じることは、「スルタノフは半音階旋律を見たときは、ここは3度で弾けないかな、と常に一度は考えているのではないか」ということです。半音階に限らず、実際にはいろいろなところでそういう可能性を常に考えていたと思われますし、スケールやトリルが3度に加工された実例もありますが、特に半音階のパッセージに関しては顕著です。

例えば有名なところだと、以下のメフィストワルツがあります。

この動画は、1989年に出場したヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの、予備審査のために送ったビデオです。実際にはコンクールでも同じ形で演奏しますが、コンクールには普通に「Liszt Mephisto Waltz」という形で提出されています。これを、リスト=ブソーニ=ホロヴィッツ編と解釈するケースもあり、確かにブゾーニ編やホロヴィッツ編のエッセンスが盛り込まれているのですが、それよりは少しオリジナルに近く、スルタノフ編というかんじです。

この演奏で、中間部の半音階を3度で弾いています(上記動画の6:08あたり)。ここはリストのオリジナルでは単音で書かれているため、初めて聴くと驚きますが、おそらくこれはホロヴィッツの演奏の影響だと思います。
Liszt1.png

↓(参考)ホロヴィッツの演奏とその楽譜:
Liszt-Busoni-Horowitz - Mephisto Waltz No. 1 (Horowitz) - YouTube

メフィストワルツと共に、リストのソナタにおいても数々の演奏上の工夫がなされており、その1つとして単音の半音階は3度で演奏されています。以下の動画は、1999年3月4日の東京芸術劇場での公演です。

演奏時間として最初に登場するのは 9:10 頃になります。ここに来るまで既に工夫満載ですので、上記のメフィストワルツの演奏を知っている人には、ひょっとすると期待するところがあるかもしれません。もともと入りの一音だけ3度というのも期待させますし、リストとしても技術的制約がなければ、そう演奏する選択肢も考えていたかもしれません。
なお、その後にも、今度は上昇で3度が出てきます。思わず釘付けになる素晴らしい演奏ですので、是非濃厚な30分間を最後までお楽しみ下さい!
Liszt2.png

メフィストワルツはスルタノフが学生の頃から弾いており、もちろんナウモフ先生とも勉強したことだと思います。一方でリストのソナタについては若い頃の記録がなく、1998年のチャイコフスキーコンクールが終わってから、本格的にコンサートプログラムに組み込むため準備していたのではないかと思います。

さて、3度で演奏された半音階でもう1つ有名なのは、なんといっても幻想即興曲でしょう。日本公演でもアンコールでたびたび弾かれては聴衆を魅了しました。以前、ポーランド公演の動画を紹介したので、今回は1997年3月14日の韓国ソウル公演の動画をご紹介します。

以下の楽譜にありますが、4小節を何とも器用に3度で弾いています。
Chopin4.png

最後に、オリジナルが3度の半音階下降で書かれたものの演奏をご紹介します。
ショパンのプレリュード24番の最後の見せ場といえば、この3度の半音階です。まさに圧巻の3度をお楽しみ下さい。1998年1月のフロリダのゲインズビルでのコンサートの動画です。

Chopin5.png

今回は、スルタノフが弾く3度の半音階を紹介してみました。3度で弾くことは幻想即興曲に代表されるように得意技の1つです。今後も他の例などをご紹介していきたいと思います。
posted by Murakami at 17:01| Comment(0) | 演奏