まず11月23日には、オムスクの第5芸術学校で、ピアノ科の生徒たちによるスルタノフに捧げたコンサートが開催され、ショパンやプロコフィエフが演奏されました。コンサートでは、スルタノフの生涯が紹介されたほか、演奏の動画なども流れました。
12月14日、オムスクの第10芸術学校ではコンクールが開催されました。会場にはスルタノフの写真が用意され、TV局も入りました。1年生から9年生までの、合計63人が参加し、出場者全員に、スルタノフの写真が入ったディプロマ賞状、また小冊子が渡されました。
12月16日には、続いて第4芸術学校でコンクールが開催されました。この学校では毎年12月に冬の学内イベントとして音楽祭を行っていますが、今年はスルタノフの生誕50周年を記念して、特別な形で行われました。コンクールは、スルタノフが演奏する「革命のエチュード」から始まりました。
12月20日には、第13芸術学校でコンクールが開催されました。
このイベント全体に関して、オムスクの第10芸術学校のサイトでレポートがあがっています。
ロシア語で書いてありますが、そこで紹介されている多くの写真は感動的ですので是非以下のページをご覧ください。
Новости 23.12.2019 Памяти Алексея Султанова
そして、この内容がテレビで放映されました。この特集には、なんと、マツーエフのインタビューも入っています。
マツーエフはスルタノフが参加した1998年のチャイコフスキーコンクールで優勝していますが、ロシアの音楽ファンからは、この時ドレンスキー教授の生徒がファイナリストの多くを占めたことに疑問を持つ人も多いです。
ロシアのピアノ事情に詳しいロシア人によると、マツーエフがスルタノフについて何かを語ったのは、初めてではないか、とのことで、大変貴重な内容です。そのインタビューの中でマツーエフはこのようなことを言っています。
類い稀な才能を持ち、ロシアン・ピアノ・スクールを代表する1人だったと思います。彼はモスクワ音楽院で、レフ・ナウモフ教授に学び、ヴァン・クライバーンコンクールで優勝し、アメリカに住み、世界中で演奏しました。私は幸いにも彼をよく知っています。不幸にして、彼は若くして亡くなってしまいました。私は、自分は彼のファンだったと言えるでしょう。
ということです。インタビューへの回答であったとしても、マツーエフがスルタノフのファンだった、と言ったことに、多くのロシア人スルタノフファンが驚きを隠せずにいます。
以下が、その放映内容になります。ロシア語ではありますが、是非コンクールやマツーエフのインタビューなど、その雰囲気を感じてみて下さい。