スルタノフがビデオ審査で、以下のメフィストワルツを弾いたことは大変有名です。
この映像が、クライバーンコンクールのビデオ審査のために収録されたことは、ドキュメンタリーフィルム"Here to make music" の中でも数秒公開されているため、明らかです。
ここでの疑問として、なぜスルタノフは当時モスクワに住んでおり、モスクワ音楽院に通っていたにも関わらず、サンクトペテルブルクでビデオを撮影したのか、ということです。
このことについて、弟のセルゲイ氏について聞いてみたところ、「あのビデオはコンクール運営事務局が撮影したもので、その会場がサンクトペテルブルクであったから」ということです。最近ではビデオ審査というと、コンテスタントが自身で撮影するイメージがありますが、当時の映像技術や公平性などを考えると、そういうものなのかもしれません。
この内容の裏づけのために、以下の本を確認してみました。
この P.222-227 に今回のことに関連する内容が書いてあります。クライバーンコンクールでは、ビデオ審査を公正にするために録音装置などを工夫して、各都市における条件を均一にして、17の会場の音響的な相違が最小限度におさえられる形で実施したようです。
また、その結果として「おのおのの応募者は、自分が演奏した45分のリサイタルから、25分を選び、それに従いテープは編集された」ということです。スルタノフがどういう45分のリサイタルをしたかは情報がありませんが、少なくとも以下のラフマニノフのエチュードもあわせて収録されたと思います。
ソ連からの出場者については以下の記述があります。
ソ連からの4名は、当初の15人のグループから、まずソ連側がレニングラードで選考を行い、そのうちから5名が、クライバーン当局により、ビデオ撮影候補に選ばれたものだった。
最終的に、ソ連からは以下の4名が参加しました。
- アレクセイ・スルタノフ(第1位)
- アレクサンドル・シュタルクマン(第4位)
- エリッソ・ヴォルクヴァゼ(第6位)
- ヴェロニカ・レズニコフスカヤ
こちらが、オフィシャルな結果になります。USSRは強いですね。
EIGHTH VAN CLIBURN INTERNATIONAL PIANO COMPETITION