まずは大変有名な、スルタノフと奥様 Daceさんとの出会いのお話です。

1986年の4月20日(少し雨が降ったといいます)に、ホロヴィッツはモスクワ音楽院の大ホールで歴史的なコンサートを行いました。このコンサートはホロヴィッツの60年ぶりの祖国ロシアでの公演ということもあり、チケットは大変人気があり、さらに高価だったので、当時の学生たちには買えるものではありませんでした。それでもコンサートが聴きかった音楽院の学生約15人は、スルタノフに連れられて大ホールに隣接する建物のハシゴをのぼり、そこからホールの屋根に飛び移りました。まずはスルタノフが、そして他の学生も次々に続きます。その時に、あるブロンドの美人学生が雨に濡れて滑りやすい、斜めの屋根で滑りました(死ぬかと思った、とのこと)。その時に彼女の手をとったのがスルタノフです。スルタノフは当時から神童として音楽院でも有名で、もちろん彼女もスルタノフのことをよく知っていましたが、スルタノフのほうは彼女を知りません。後に有名となったセリフですが、「僕はとっさにそばにあったアンテナを掴み、もう一方の手で彼女を掴んだ。その子を見たら悪くなくってね、それで助けてあげたのさ。」と、助けてあげました。その彼女が後の妻になる、Dace Abele さんです。彼女はラトビアのリガからやってきて、モスクワ音楽院でチェロを勉強していた当時16歳の学生です。
それから、学生たち、特にスルタノフとDaceさんは肩を並べて大ホールの屋根裏からコンサートを聴いたのですが、そこからは全てが見えたといいます。もちろん、演奏するホロヴィッツも見えたし、鍵盤も全て見えたということです。
この数年後に、スルタノフはホロヴィッツと会いますが、このエピソードの話をすると、ホロヴィッツは笑って謝ったといいます。スルタノフも「あなたのせいで、結婚することになってしまいましたよ」と言ったとか。
後に2人は 1991年10月31日に、テキサス州のフォートワースで結婚式をあげました。
このお話は、とてもロマンティックで、この話が大好きなファンも多いのですが、なかなか想像がつきにくいところもあります。そこで、少し現地がどんなかんじだか見てみましょう。
まず以下の写真がモスクワ音楽院で、この写真の正面が大ホールであったはずです。隣の建物から、ホールの斜めの屋根に飛び移ったと記録がありますので、ひょっとすると奥の建物から手前に飛んだのかもしれません。(真相不明)
By A.Savin (Wikimedia Commons ・ WikiPhotoSpace) - 投稿者自身による作品, FAL, Link
以下はホロヴィッツのコンサートの映像からの引用で、モスクワ音楽院の大ホールの中です。ステージの上あたりは、屋根の上から直結で行ける素敵なスペースがあるのかもしれません。

なお、実はこのエピソードが取り上げられているドキュメンタリーフィルムがあり、理解のためのヒントになるのですが、残念ながらロシア語ナレーションで字幕がありません。ご興味がある方は 4:10 あたりからにご注目下さい。
ホロヴィッツのこのモスクワ公演はCDやDVDにもなっています。全く同じ日の公演ですので、これを見るだけで、若き日のスルタノフが会場にいることも感じることが出来るでしょう。
当日の演目には、スルタノフが後に得意としていたモーツァルトのピアノソナタ10番 K.330や、スクリャービンの練習曲 op.2-1やop.8-12 もあります。影響もいろいろあったのでしょう。モーツァルトのトリルの入れ方なども、とても影響があって興味深いです。