2019年06月30日

チャイコフスキーコンクールでのスルタノフ

つい先日までモスクワで開催されていた、楽しいチャイコフスキーコンクールが終了しました。最近は全てが配信・アーカイブで見れるようになったこともあり、より視聴者も楽しめるようになり、また同時にいろいろなことに詳しくなり、耳も鍛えられてくるかと思います。

スルタノフは 1986年(当時16歳) と 1998年(当時28歳) のチャイコフスキーコンクールに出場していますが、幸運にもその録音は全て残されており、さらには録画も多くが残っています。
ちょうど2019年のチャイコフスキーコンクールも終わったことですし、中には全演奏を視聴された方もいると思います。今このタイミングで、当時のスルタノフの演奏を確認することは大変興味深いと思い、ご紹介させて頂きます。

1986年(16歳)の演奏:
まず動画で残されているのは、このコンクール全体のドキュメンタリーからの抜粋となるほんの一部になります。

まずはナウモフ先生のレッスン風景を含む、スケルツォの2番。映像から、例えば左手でバスを弾く時の小指と手首の使い方など、この時期に既に弾き方が完成されていることがわかります。演奏後のシーンでは、ナウモフ夫妻から大変愛されていることもよくわかります。


そして、こちらは1次予選の熱情ソナタの最後です。小指骨折の中、舞台裏で痛み止めを使いながら弾いたという伝説の演奏です。


この他、幸いなことに、このコンクールの1次予選、2次予選の録音は全て残されています。

1次予選の演奏。平均律と、チャイコフスキーの四季から11月が貴重です。


2次予選の演奏。プロコフィエフのソナタ3番と、ボリス・チャイコフスキーのアレグロという曲の演奏が貴重です。


この時のコンクールは、中村紘子さんが執筆した「チャイコフスキー・コンクール」の時でもあるため、併せて読むとより興味深いと思います。


1998年(28歳)の演奏:
1998年はインターネットの動画配信技術はまだなかったのですが、幸運にも全ての演奏の録画が残されております。

予備審査より、その1


予備審査より、その2。この時演奏した、四季の11月は貴重だと思います。


1次予選より、その1


1次予選より、その2


2次予選より、その1:ドゥムカ


2次予選より、その2:ショパンソナタ第3番 1, 2 楽章


2次予選より、その3:ショパンソナタ第3番 3, 4 楽章


2次予選より、その4:プロコフィエフソナタ第7番 1, 2 楽章


2次予選より、その5:プロコフィエフソナタ第7番 3 楽章(もはや伝説)
終わった後、アナウンスも入り、帰る人もたくさんいますが、それでも拍手が続けられている音が聞こえます。


だいぶ後からCDにもなりました。コンクールでは結果的にドレンスキー教授門下のピアニストが活躍しましたが、スルタノフの演奏もそれだけ注目度が高かったのでしょう。
posted by Murakami at 11:48| Comment(2) | 演奏

2019年06月22日

日高志野さんのタシケント公演のご紹介

先日こちらのブログでもご紹介した通り、6/19 にウズベキスタンのタシケントで、日高志野さんがソリストとして、モーツァルトのピアノ協奏曲を演奏致しました。

スルタノフの出身地、タシケントには、今もスルタノフに関係のある人が住んでいます。ご両親やご家族はモスクワに住んでいますが、従姉はタシケントに住んでいますし、ポポヴィチ門下同門のピアニスト、タミーラ・サリムジャーノヴァの母親もウスペンスキー音楽学校で教えられています。当支援会からも、今回日高さんがスルタノフに敬意を込めた演奏をするのでよろしくお伝えしていたところでした。ロンドンに住み、現在丁度チャイコフスキーコンクールのヴァイオリン部門に伴奏で参加しているタミーラも、今回の演奏会や私たちの精力的な活動をサポートしてくれています。

この演奏会のテーマは何と言っても、スルタノフ7歳のデビュー曲であり、大人になってからも録音が残っている、モーツァルトのピアノと管弦楽のためのロンドニ長調。

9:00あたりからカデンツァが始まります。さてこの動画の解説には何も書いてありませんが、よくスクロールしてみると
「Alexei did compose this cadenza」
というコメントがあります。この1分弱の短いカデンツァは、何とも珍しいスルタノフ自作のカデンツァであることがわかります。

さて、今回の日高さんのコンサートですが、実は非公式に動画があることがわかりました。残念ながら登場シーンや冒頭がカットされていますが、その後は最後まで全て収録されています。以下の動画の前半部分になります。

これを見てみると、何とも見事にリスペクトをもって、スルタノフのカデンツァが確実に再現されているのがおわかり頂けますでしょうか。もちろん全体的にも集中された素晴らしい演奏で、コンサートは大成功に終わったことも動画からわかります。

日高さんは今回のタシケント公演で、スルタノフの幼馴染と仲良くなられて、いろいろお話をされたそうです。スルタノフコミュニティとしては、これまでも、ロシアやポーランドと親しくして参りましたが、今回をきっかけにタシケントの方々とも、継続的に交流が出来ればよいと思います。
posted by Murakami at 21:14| Comment(0) | コンサート

2019年06月16日

アンドレイ・デニセンコとの思い出

前回のブログでお知らせしました通り、先週は当支援会主催でアンドレイ・デニセンコのピアノリサイタル&交流会を実施致しました。その後、いらして下さったお客様から、多くの感動のお言葉を頂き、企画側も嬉しい限りです。
今回のブログでは、デニセンコ氏との思い出をもう少しご報告したいと思います。

折角のロシア人、スルタノフファン来日ということで、当支援会からもいくつかプレゼントをしてみました。

1. 「アレクセイ・スルタノフ 伝説の若き天才ピアニスト」の本
もちろん日本語の本ですし、写真集でもないので興味がないかと思いましたが、喜んで持って帰りました。この本を見て無邪気に喜ぶ姿をみて、彼がスルタノフファンであることを確信しました。


2. 「ピアノピース-565 大河を渡る風 ~6つのロシア民謡メドレー」の楽譜
これはスルタノフとは関係ありませんが、ロシア人が有名なロシア曲を演奏すると聴衆は間違いなく喜ぶので、アンコールピースなどに使えるのではないかと思い楽譜をプレゼントしました。残念ながらこの日は彼の日本滞在最終日ですから、時すでに遅しですが、インターナショナルに活躍するデニセンコ氏のことですから、今後活用する機会はいくらでもあるでしょう。また次回の来日の時に、何かの役に立つかもしれません。


3. YouTubeにないスルタノフのDVDと音源
YouTubeにあるスルタノフの音源や動画のほとんどは、デニセンコ氏と、彼のお母さまによってアップロードされているので、当然といえば当然ですが、世の中には彼らが所有していない映像や音源があります。当支援会保有のものを多少共有しました。
彼が鋭いのは、「日本公演で弾いた、ショパンのソナタ3番の動画はないのか?」などと言ってくることです。私の認識では過去にテレビ放映されています。すぐには入手できないですが、モノはあるだろう、という話をしてあります。

また、お渡しするわけではないですが、当支援会で主催した演奏会では毎回提示している、スルタノフ関連資料にも大変興味を示しておりました。特に2007年にモスクワで行われたコンサートのプログラムは、ロシア語で書かれていることもあり、食いつくように読んでました。
当支援会が主催してきた、Tribute to Sultanov シリーズにもいろいろなコメントを頂きました。
尾崎豊のジャケットを見て、「日本でも、ちょっと弾いてといわれたときに、I love you を弾いてみたよ」と言っていて驚愕しました。これには日本人側がびっくりしたでしょう。

あわせて、ポーランドのクラクフで行われている、Sfogato国際音楽祭についてもご紹介しました。こちらも、スルタノフファミリーと大変繋がりの強い音楽祭ですが、機会があれば出演したいと話されており、いつかその夢が叶えば大変嬉しく思います。

デニセンコ氏は、最終日の夜、大変な歓迎を受けて日本酒を楽しみましたが、朝は無事に起きてハンブルクに帰国されました。今はすっかり元気で、次のハルビン国際コンクールに向けて練習を続けているとのことです。最終日は、コンサートの成功や、日本との友情、そして、翌日には日本を去らないといけないという悲しみが混ざりながら、ちょっと盛り上がってしまいました。打ち上げで暖かく彼を歓迎して下さった日本の皆さんに感謝します。

仙台国際音楽コンクールに参加することが、彼の来日目的だったはずですが、ホストファミリーやファンとの交流など、それ以外のところでも日本を十分に堪能して、最高の思い出にしてもらえればよいなと心から思います。

彼の帰国後に、もう1人のスルタノフファンといえる、彼のお母さま(Elenaさん)ともメッセージをやり取りする機会がありました。Elenaさんは、アンドレイさんの東京公演の実施、ご来場いただいたお客様や私たちとの友情に大変感謝されていました。
Elenaさんは、アンドレイさんからスルタノフについてを学び、その演奏から受けた衝撃、さらには彼の運命に衝撃を受け、それからスルタノフのお父さんに会ってCDを3枚もらい、それから普及に努め始めたとのことです。よく知られたYouTubeチャンネルもそうですが、音楽学校や音楽大学の図書館などにも置いてきたそうです。

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posted by Murakami at 19:38| Comment(0) | コンサート

2019年06月10日

アンドレイ・デニセンコ ピアノリサイタル&交流会のご報告

昨日、すみだチェリーホールにて、アレクセイ・スルタノフ支援会主催で、アンドレイ・デニセンコのピアノリサイタル、交流会を実施致しました。
デニセンコ氏はその日の朝まで仙台におり、新幹線で朝東京に移動してきてすぐのコンサートになりました。
演奏したプログラムはコンクールで弾いたものとは全く異なりますが、コンクール後に仙台で複数回のコンサート機会をもらっており、そこで同一のプログラムで何度も弾いてきたようで、リハーサルも短時間で終わりました。特にこの日の2日前には、このプログラム全体を、1日に違う場所で3回も実施したようです。

前半は休憩のない 60分間のリサイタルで、最後に2曲アンコールを弾きました。
1) シューマン:トロイメライ
2) ラフマニノフ:絵画的練習曲《音の絵》より Op.39-1
アンコールは主催者の方針により、自由に座席を移動しての撮影自由な場とさせて頂きました。演奏写真をとったり、近くで手や体の使い方を見て頂き、ご満足いただけたのではないかと思います。
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後半は、まず最初に主催のほうからインタビューを行い、多くのお客様が気になる内容を聞いてみました。
主な内容は以下になります。
- 日本に来るのは何回目かどうか
⇒昨年の浜松国際ピアノコンクールに続き、今回が2回目
- 仙台コンクールの思い出
⇒ステージ演奏における心構えや、コンクールに対する考え方を共有して頂きました。
- 仙台での思い出
⇒青葉城や、神社、お寺などを訪れたり、綺麗な公園に行かれた思い出を話されました。また、松島も訪れて、それは人生で訪れた最も美しい場所の1つだということです。松尾芭蕉の俳句を引用して、会場からも笑いがありました。
- 日本の感想
⇒食事やお茶、文化など日本のものが全て好きで、出来るものなら、日本を全部持って帰国したいくらいだそうです。食事も、何度もお寿司を楽しみ、すきやきやしゃぶしゃぶも楽しんだようです。

ここから、少しピアノに関するインタビューもしてみました。概要をご紹介したいと思います。

- 子供の頃にどういうエチュードを使ったのか
⇒いくつか例をあげて頂きました。「日本のピアノ教育では、初期にいきなり親指を使い始めるが、ロシアのピアノ教育では中指を中心に始めるという印象がある。それについてどう思うか」と質問してみましたが、同じ思いを持たれているようです。
- 毎日のウォームアップの方法について
- 練習時間・練習場所について
⇒練習場所はご自宅か学校。自宅はアップライトピアノなようです。練習時間は、日によるとのこと。
- ピアノの好み(ヤマハ、カワイ、スタインウェイ)
⇒仙台での出場者の中で、ヤマハを選んだのはなんと彼1人でしたが、その理由などを語って頂きました。バッハという選曲が大きかったようです。
- 本日の会場とピアノについて(すみだチェリーホールのスタインウェイD型について)
⇒大変よいとのこと。
- 練習と本番で、演奏はどのように変わるか
⇒比較にはならない、全く別のもの。
- 本番で緊張しないコツなどはあるか
⇒小さくてもいいので、ステージ経験を済むことが大事でしょう。
- エチュードやメカニックの練習はどのようにしているのか
- オシペンコ先生とヴェニツカヤ先生の教え方の特徴
- 美しい1音を出すためのコツ
⇒体のどこをどう使って音を出すのか。ベートーベンのピアノ協奏曲第4番の冒頭を少し演奏してもらいました。
- 好きな作曲家とその理由
- 好きなピアニストは
⇒比較することは出来ないが、非常に重要なピアニストが2人います。「アレクセイ・スルタノフ」と「セルゲイ・ラフマニノフ」です。
- 演奏する時に意識する体の部分について
⇒指先が大事だが、もちろん体の全部が大事である
- 体操などをしているか
⇒手の体操などは特にしていない。よいコンディションを作るために、毎朝腕立て伏せをすることが多い。

その他、今後のコンクールについてや、次の来日予定などについても話が出ました。
そんな流れから、以下も少しだけ演奏してもらうことが出来ました。
- スクリャービン:ピアノソナタ第9番 黒ミサの冒頭
- ベートーベン:ピアノソナタ第32番 第1楽章の冒頭
- ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 第1楽章の冒頭
- ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 第3楽章の第2主題

最後は皆さん各自、質問をぶつけてみたり、写真を撮ったりと交流が進められました。
小さなホールで間近に接することで、デニセンコが素晴らしいピアニストであることを再認識することが出来ました。是非また来日して頂き、その時にはまた皆さんとの交流会を開催したいです。
posted by Murakami at 23:37| Comment(0) | コンサート

2019年06月08日

日高志野さんがタシケントで演奏されます

ピアニストの日高志野さんが、今月ウズベキスタンのタシケントを訪れて、ウズベキスタン国立音楽院で、演奏会とマスタークラスを開催される予定です。
日高さんは、過去にも雑誌ショパンにスルタノフ紹介の原稿を寄稿されていることもあり、タシケントでの活動機会はさぞかし嬉しいことかと思います。
ウズベキスタン国立音楽院は2002年まではタシケント音楽院と呼ばれていた伝統のある学校で、スルタノフなど優秀なタシケントの子供たちを輩出したウスペンスキー音楽学校とも関連があるはずです。

以下のチラシによると、
6月17日は、ウズベキスタン国立音楽院の小ホールでマスタークラスとコンサート
6月19日は、ウズベキスタン国立音楽院の大ホールでピアノ協奏曲
を演奏されます。
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ピアノ協奏曲は、モーツァルトの第12番(K.414)と、ピアノと管弦楽のためのロンド ニ長調(K.382)を演奏されます。

ピアノと管弦楽のためのロンドとは、スルタノフが7歳の時に、タシケントでデビューした曲でもありますが、スルタノフを深く尊敬する日高さんが、このタシケントの地で同じ曲を演奏されるとは何とも感動的であります。スルタノフ自身、この曲は大人になってから本番で弾くなど、思い入れがある曲のようで、自作カデンツァまで披露している動画があります。
こちらで入手した情報によると、スルタノフに対してかなり思いを込めて演奏されるとのことで、現地の音楽学校の学生たちには大変刺激になると思います。


日高さんはモスクワ音楽院での勉強を終えて帰国後も、いろいろと精力的に活動されています。
コンサート活動もそうですが、ロシアの文化を伝えるために、昨年同様、今年の夏も、東京外語大学の講座「ロシア・スラヴの言語と文化入門」で講師をされます。昨年は、外語大の教室に電子ピアノを持ち込み、声楽家との共演をされつつ、ロシア文化についていろいろお話をして下さいました。今年も興味深い講座になると思います。
posted by Murakami at 10:56| Comment(0) | コンサート