2019年02月17日

チャイコフスキーの四季

前回は、ドゥムカの演奏を紹介しましたが、スルタノフはチャイコフスキーの四季の録音もいくつか残しています。当時オフィシャルホームページのレパートリには、「四季」とだけ書かれていましたが、実際には12曲の録音はなく、残されているのは2曲のみです。

スルタノフが出場した1986年と1998年のチャイコフスキーコンクールでは、四季が課題曲に含まれるため、何か1曲を選んで弾く必要があります。現在は何を弾いたか知られていますが、皆さんだったら、何月を弾くのがスルタノフらしいと思われるでしょうか。私はもう少し元気なものを選ぶかと思い、「10月」や「11月」は少し意外でした。

さて、1998年のチャイコフスキーコンクールで演奏した「10月」は、最終的には Chicago Tribune の追悼記事でも音源が紹介されるなど、あまりコンサートでは演奏されなかったレパートリですが、そこそこ知られるようになりました。



実際の演奏姿はこちらです。1次予選で、熱情ソナタ1楽章の直後、3曲目として演奏されました。ppからffまで、コンクール出場者の演奏とは思えない円熟の演奏です。ゆっくりな演奏の中でも、ホールに音が非常によく響いているのがわかります。


さて、嬉しいことに、10月だけでは11月の演奏も残っています。1986年のチャイコフスキーコンクールでは、11月のほうを演奏しており、その時な貴重な録音も残っているのです。


さらに、実は1998年のチャイコフスキーコンクールの「リハーサル」という動画の中では、何故か10月ではなくて、11月が演奏されています。この「リハーサル」というのは、「予備予選」のことではないかと言われています。いずれにせよ、コンサートで演奏されなかったレパートリをこのように12年間の成長を比較しながら聴けるというのは、大変ありがたいことです。
posted by Murakami at 11:30| Comment(0) | 演奏

2019年02月10日

チャイコフスキー:ドゥムカ

YouTubeを見ていると、スルタノフの演奏するドゥムカが楽譜と一緒に投稿されていました。このように楽譜と一緒に演奏を聴くと、より理解が進みますのでご紹介させて頂きます。


例えば 3:10 から始まるフレーズは楽譜を少し変えて弾かれているのがわかります。内声などの工夫もあちこちでおこなわれており、特に4:12からのフレーズは、楽譜のどこにそんな音が書いてあるのか見失うほどです。4:55からのオクターブのテクニックも見事ですね。

なお、答え合わせのようですが、この音源は、間違いなく 1998年のチャイコフスキーコンクールでの演奏です。以下を聴いてみるとわかるかと思います。


結構コンクールで大胆な演奏をしているのがわかりますね。1986年(16歳)のチャイコフスキーコンクールでもこの曲を弾いていますが、これほど自由な演奏でないことを考えると、1998年は既にコンサートピアニストとして活躍しており、コンサートでのあるかのように演奏しているということがわかります。

さて、最後にホロヴィッツの演奏をご紹介します。上記を確認してからこのホロヴィッツの演奏を聴くと、いかにスルタノフがホロヴィッツに影響を受けていたかがわかるかと思います。
posted by Murakami at 17:36| Comment(0) | 演奏

2019年02月03日

スルタノフと謎の組織 O.T.S について

スルタノフ情報を調べてみると、スルタノフと親交があった方々からの過去の写真などに関する投稿を目にすることがあります。こちらは、Alexei Sultanov という Facebook のコミュニティに対して、写真がタグ付けされたものです。
(コミュニティに入らないとアクセス出来ないかもしれませんし、ひょっとすると写真にタグ付けされている誰かと知り合いでないと見れないかもしれませんが、写真自体にはそれほど価値があるものでもないと思います)

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ここには、O.T.S というお揃いのTシャツを着た4人(お揃いといっても、それぞれ自分のイニシャルと役割が入っていて微妙に異なる)が写っています。
A.S. THE PRESIDENT OF O.T.S というTシャツを着たスルタノフが写っており、一緒には、Alexander Korsantia氏、George Vatchnadze氏、Maxim Mogilevsky氏が写っています。
これは歴史的にも面白い写真でありますし、またスルタノフが仲良くしていた同世代の一流ピアニストがわかる、という意味でも興味深いです。

このO.T.Sですが、Outstanding ... という意味なのかと想像したりもしますが、メンバーのモギレフスキー氏によると、「コンクールでよい結果を残せなかったメンバーの集いで、アレクセイはチャイコフスキーで残念だったからプレジデントになった。O.T.Sという略語が何かは、とても言うことは出来ない」とのことです。
とはいっても、有名コンクールの勝者を含む、なかなかの豪華メンツです。彼らの音楽を聴くことで学べることも思いますので、O.T.S の残りのメンバーもご紹介したいと思います。

Alexander Korsantia氏は、シドニーとルービンシュタインを優勝した素晴らしいピアニストです。スルタノフの葬儀サービスにも出席していますし、スルタノフ自身がお気に入りのピアニストであったと話していたことがあり、最も仲の良いピアニストの1人だったと想像されます。
録音では、ストラヴィンスキー=アゴスティ=コルサンティアの火の鳥があります。ラ・ヴァルスのピアノ編曲も楽譜出版されているそうです。教育者としても活躍されていて、YouTubeには興味深いレッスンビデオなどもあります。


George Vatchnadze氏もジョージア出身のピアニストで、現在はシカゴで教えられているようです。今年の年初は日本で過ごされたようです。
プロコフィエフの録音があるようです。YouTubeでもいくつか音源があるようです。


Maxim Mogilevsky氏は、こちらのロシアピアニズムの本でも紹介されていますが、よく来日された、あちこちの音大でマスタークラスをされています。ナウモフ門下であり、またアシスタントもされていました。
モギレフスキー氏は、お父様はエリザベート優勝、そしてご先祖には、スクリャービンの知人でもあり東京芸術大学で初期のヴァイオリン教育に多大な貢献をされたアレクサンドル・モギレフスキー先生がいらっしゃる音楽一家であり、また、親日家でもあります。小平霊園にも来日時にはよく行かれているようです。日本国際音楽コンクールで入賞されており、そのCDに収録されたペトルーシュカは名演です。

若き日のスルタノフが切磋琢磨したピアニストたちの活躍からも見えるものがあると思いますので、今日はO.T.S仲間の3人のピアニストをご紹介してみました。
posted by Murakami at 12:24| Comment(0) | 歴史