2018年02月24日

スルタノフ編を弾くピアニスト

スルタノフはかつて、「ラフマニノフがいて、ホロヴィッツがいて、クライバーンがいて、ぼくがいる」と発言したことがあるようですが、スルタノフもこういった歴史的巨匠たちと同様、次世代のピアニストたちに影響を及ぼしています。スルタノフ編として楽譜が出版されているわけではありませんが、スルタノフ編を弾くピアニストというのはいるのです。本日は、そんなピアニストたちを紹介してみようと思います。

まず最初に紹介するのは、Tribute to Sultanov シリーズでも有名な、今泉響平さんです。
今泉さんはこのシリーズで、メフィストワルツや、ラフマニノフのソナタ2番、幻想即興曲などを弾いていますし、スルタノフ編と記載はないものの、リストのソナタなども、スルタノフにならって演奏されました。YouTubeにもいくつか動画が紹介されています。
ショパンの幻想即興曲:

リストのハンガリー狂詩曲第2番:


今泉さんは、モスクワ音楽院で、ナウモフ系列にあたるオフチニコフ先生と勉強されており、執筆中の論文ではスルタノフについても含まれる、ということで、スルタノフ研究のトップに立つ若手ピアニストと言ってよいと思います。

次にご紹介するのは、2009年のオマージュ・ア・スルタノフシリーズで公演された、高木竜馬さんです。
この日は、昼の部、夜の部でまったく違う重量級プログラムを、当時16歳の高木竜馬さんが弾くという伝説的なコンサートでしたが、この日のアンコールでは、幻想即興曲のスルタノフ編を弾いて下さいました。
その日のことは、こちらに詳しいレポートがあります。

続いて、最近では、リスト国際で優勝された阪田知樹さんが、コンサートのアンコールで、やはり幻想即興曲を弾かれて話題になっていました。
https://www.facebook.com/TomokiSakataPiano/posts/1957316617814480
阪田さんは、こちらのインタビューでも、スルタノフについての思いを語ってくれています。

最後に、スルタノフ編とはやや異なりますが、ライブ・イン・リガの最後に収録された、"Alexei's Song" という自作曲を、伊賀あゆみさん&山口雅敏さんデュオがよく演奏されています。
お二人は、第1回のオマージュ・ア・スルタノフに出演されていますが、その時のアンコールに弾いたのがこの Alexei's Song の連弾アレンジです。その後、スルタノフのご家族を前に、モスクワでのコンサートでもアンコールに披露されています。
以下は、スルタノフ夫人が来日したときの公演からの動画になります。


今のところ当サイトが調査する範囲では、海外のアーティストがスルタノフ編を演奏した、という話は聞いたことがありませんが、インターネットにアップロードされていないところで演奏されているかもしれません。
もしそういった情報をお持ちの方がいらっしゃれば、是非お知らせ下さい。また、今後スルタノフ編に挑戦されるピアニストがいらっしゃれば、当ブログでも皆さんにご紹介したいと思いますので、ご連絡を頂けると嬉しいです。
posted by Murakami at 23:07| Comment(0) | 一般

2018年02月19日

雑誌ショパン3月号にて紹介されています

2月17日発売の、雑誌「ショパン」3月号では、世界の音楽ガイドブックという特集があり、その「ロシア」のページの中で、スルタノフが紹介されています。


様々な国が紹介される中で、ロシアはピアニストの江本純子さんと、日高志野さんが執筆して下さっています。江本さんは、スルタノフの師匠のレフ・ナウモフ先生からレッスンを受けていた経験もお持ちで、何度もロシアに行かれてはロシア音楽やロシア作曲家などを研究されています。日高さんは、現在もモスクワ音楽院で勉強されていて、前回のチャイコフスキーコンクールは日本人唯一出場されており、ご存知の方も多いかと思います。

各国ピアニストが2名紹介される中で、ロシアからは、スルタノフとマツーエフが紹介されています。スルタノフについて執筆したのは日高さんと聞いていますが、江本さんとスルタノフの貴重のツーショット写真も公開されています。先日、こちらのブログでも父称について紹介しましたが、さすがロシアの専門家が書いただけあって、登場する全音楽家は父称付で紹介されています。
その他、スルタノフが勉強した、モスクワ音楽院はもちろんのこと、中央音楽学校まで写真付で記載があり、ファンには非常に魅力的な内容となっています。

記事の中では、1996年の幻想即興曲の録音を是非聞きましょうということですので、最後に同年のポーランドでの演奏会の動画を紹介しておきます。


ショパンは音大生からピアノ愛好家、ピアノ教師まで、幅広い読者層から読まれていると思いますが、ロシアというのはピアノ業界において今、注目度が高まっておりますし、これを機にスルタノフの名前を知ってもらったり、また、演奏を聴いてもらう機会になってもらえると嬉しいです。
posted by Murakami at 23:36| Comment(0) | ご家族

2018年02月18日

Wikipediaのエントリーを読む

スルタノフほどの有名ピアニストとなると、もちろん Wikipedia にエントリーを持っています。
Wikipediaのエントリーは、様々な言語で書かれており、執筆時点で規模の大小を問わなければ 299言語のエントリーがあると言われています。これらは、例え同じ内容について記されていたとしても、各言語のボランティアが自由に執筆しているため、必ずしも翻訳ではなく、そういう意味では内容が重複しないこともよくあります。

そこで、スルタノフの Wikipedia エントリがどういう状況かについて、調査してみました。
今のところ、日本語、英語、ロシア語、ポーランド語、ドイツ語、スペイン語、フランス語、イタリア語、アゼルバイジャン語、ウクライナ語、フィンランド語の11ヶ国語でエントリがあるようです。全体的にざっと眺めると、日本語、ポーランド語、ロシア語、英語のエントリはファンとして目を通しておいてよいかなと思いました。

全ての言語は Google翻訳に対応しているため、一応日本語で読むことが出来ます。以下にリンクを貼りますが、英語でも大丈夫な方は、翻訳の品質上英語で読むことをお勧めします。
Wikipedia日本語版
Wikipedia英語版
Wikipediaロシア語版
Wikipediaポーランド語版
Wikipediaドイツ語版
Wikipediaスペイン語版
Wikipediaフランス語版
Wikipediaイタリア語版
Wikipediaアジェルバイジャン語版
Wikipediaウクライナ語版
Wikipediaフィンランド語版

例えば、ピアノを始めた時期なども、各国語版によって微妙に異なります。これは触り始めた時期や、レッスン開始時期などに書き方の違いもあるでしょう。また、日本語版では「中央アジアの有力なムスリム首長の家系に生まれる」と、一体誰がどう調べて書いたのか不思議な記述まであります。

多くの言語は英語版をベースにしていますが、アメリカでのテレビ出演が多くの言語で記載されているのを見ると、この件については日本でも広く知られてもよいかもしれません。

ロシア語版では、「有名なウズベク女優 Zamira Khidoyatova の孫」という記載もあり、これまた興味深いですし、ウズベキスタンの Komsomol 賞を受賞している、というのも興味深いです。

ポーランドでは、スルタノフのキャリアについて 1982年に行われた the International Radio Competition "Concertino Praha" に参加した、と記載されることは Wikipedia に問わずこれまでもあり、この手の記述はポーランドメディアだけで行われた印象がありましたが、やはり Wikipedia にも記載があります。
その他のポーランドメディアの例としては、以下を参考にあげておきます。
Alexei Sultanov (1969 - 2005)

スルタノフ研究については、先日書籍も出たばかりですが、今後も音大生の卒業論文を含め、いろいろな形で行われると思いますが、各国での報道のされ方なども興味深いですし、Wikipedia ではそれを並列に眺めることが出来ます。
posted by Murakami at 20:08| Comment(0) | メディア

2018年02月10日

スルタノフのサインについて

スルタノフは来日時によくサイン会をしており、その行列の長さもよく話題になってましたので、未だにサインを大切に持っているファンも多いと思います。

例えば、以下の写真館のページでは、来日時のサイン会の写真をご紹介しています。
アレクセイ・スルタノフ 写真館

さて、本日は1999年の来日時に頂いたサインがありますので、それをご紹介させて頂きたいと思います。
1999年の東京芸術劇場では、3月4日と3月18日に公演があり、そのそれぞれでサイン会がありました。
以下の写真の左側は、3月4日のソロコンサートの日に、3月18日のコンチェルトのコンサートの日に頂いたものです。
SultanovAutograph.jpg

スルタノフは、通常この左側のサインをよく使っていたと思います。また、喜ばれるようなお土産を持って行ったりなど特別な時には、この右側のサインも使っていたように思います。"Thanks a lot" 以外が使われているケースも1パターン見たことがありますが、通常は"Thanks a lot"を使っており、2種類を使っていたのかと思います。

さて、この写真の右側のサインには、"Thanks a lot! A.F.Sultanov" と書いてありますが、この A と Sultanov の間の文字は何なのでしょうか。
ロシアなどスラブ圏では、父称と呼ばれる名前の一部があり、普段は "Alexei Sultanov" と記載されていますが、この F は、父親の名前の "Faizul" を使った父称 "Fayzulhakovich" であるとわかると、よりサインに親しみをもてそうですね。
その Faizul氏が作ったプロフが、前回ご紹介したものなります。

実はスルタノフ来日時のサイン会の一部は、スルタノフ奥様がプライベートに記録しています。
私も拝見させて頂いたことがありますが、本当に長い列が出来ており、またサインをもらったり、握手をしてもらった嬉しそうなファンの方々がいて、本当に愛されていたのだと思いました。
一部はこんな方もいたので、その貴重な写真をご紹介したいと思います。こちらの方はどうやら楽譜にサインをもらっているようで、1997年公演であることと、楽譜の模様から、おそらくプロコフィエフのソナタ7番の3楽章の最後のページにサインをもらったのではないかと思います。これは宝物ですね!
1997as-sign.jpg

さて、本日はスルタノフのサインを紹介しましたが、現在当サイトでは、スルタノフのサインの写真を募集しています(もちろん、サインではなく、スルタノフ本人の写真があればそちらもぜひ)。
シンプルなものから、特別な文字が記載されているものまで、パンフレットやCD、楽譜などへのサインから、変わったものまで、もし共有してもよいというものがありましたら、sultanov@alexeisultanov.jp までご連絡下さい。スルタノフが遺した歴史的遺産の1つとして、世の中のファンの皆さんと共有出来たらよいなと思います。
posted by Murakami at 21:49| Comment(0) | 一般

2018年02月03日

スルタノフとプロフ

スルタノフはウズベキスタンの出身ですが、ウズベキスタン料理で有名なものの1つに「プロフ」というものがあります。これは、ピラフを想像するとよいですが、中央アジアではよくあるように、肉は羊肉がよく使われます。

ウズベキスタンのプロフ - ロシア・ビヨンド

スルタノフは、この「プロフ」がとても好きだったといいます。家でもよく自分で作ったようですし、スルタノフ夫人も未だに作って食べるようです。

昨年、モスクワのスルタノフご家族(ご両親、弟のセルゲイさんとそのフィアンセ)を当支援会を中心とした日本人ファン一同で訪問した時に、スルタノフのお父様(ファイザルさん)が、歓迎のためのプロフを作って下さいました。ウズベキスタンでは、プロフは男性が作ることが多いようです。
その時の写真を共有させて頂きます。
22016947_1488163424605686_1104843049_o.jpg

この時は日本人ゲストが多かったため、日本人の味覚にあわせて、羊肉ではなく牛肉を使って作って下さいました。しかし、この写真のプロフこそ、スルタノフが幼いころから食べていたものであり、演奏のパワーの源であったのだと思います。

さて、スルタノフとプロフといえば、もう1枚貴重な写真があります。
これは、1997年に撮影されたものですが、こちらはスルタノフ自身が料理した時の写真です。
奥様の証言によると、毎日料理するわけではなかったけれど、時々料理するプロフの味は絶品で、シェフとしてもすばらしかったとのことです。
Alexei and his plov 1997.jpg

プロフは日本のレストランでも食べれるところがありますし、是非スルタノフの食生活にならって、パワーいっぱいでピアノ演奏をしてみた方は、お試し下さい。
posted by Murakami at 21:48| Comment(0) | ご家族