2020年02月02日

スルタノフが使った楽譜(1) ショパン

スルタノフ夫人が、このたびフォートワースから引っ越されることになりました。それをきっかけとしてか、フォートワースにあるスルタノフが使っていた楽譜のコレクションの一部が、日本に送られてきましました。内容は自由に共有してよいと言われています。このスルタノフが直接使ったという楽譜がどのようなものなのか、そして中身はどうであったのかを、本日のブログではご紹介します。
以前のブログで、スルタノフが使った楽譜についてをご紹介したことがありました。この時、弟セルゲイ氏の証言からは、スルタノフはほとんど書き込みをしない、と聞いておりましたが、確かにそのようなことは感じ取ることが出来ます。また、きっと同じ曲であっても、たくさんの楽譜を持っているのでしょう。

(2/3 updated) 一部の鉛筆での書き込みは、Teldecへの録音を行った時のマスターテープを聞いて、スルタノフからサウンドプロデューサーへの指示だということがわかりました。

ショパン:エチュード集
パデレフスキ編のロシア語版です。購入もロシア(ソ連)であったと思われます。
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だいぶ古くなっていますが、驚くことに一切の書き込みがありません。
唯一、スルタノフの得意レパートリでもある「革命のエチュード」のページにポストイットが貼ってありましたが、やはり書き込みはありません。
幼少期にはポポヴィチ先生と多くのエチュードを弾いていたことを考えると、この楽譜は2冊目のものではないかと思います。
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ショパン:ポロネーズ集
パデレフスキ編ですが英語版です。何故か表紙に英語で「Thank you」の文字があります。
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この本も基本的に書き込みはないのですが、英雄ポロネーズのページにのみポストイットが貼ってあり、いろいろと鉛筆で書き込みがあります。主題に入る前のカウントの仕方について注意書きがあります。
TELDECのエンジニアとの会話ではないか、という話もありますが、はっきりとはしません。Thank you の筆跡を比較すると、少なくともこのページの「Thank you」は本人が書いた可能性が高いと思います。
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最初のページ以外はほとんど書き込みはないのですが、一部書き込みを見つけました。ただし、ちょっと解読出来ません。
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ショパン:スケルツォ集
パデレフスキ編のロシア語版です。表紙には英語で、大変薄い鉛筆で「〇をつけた部分は何かおかしい部分、、、もうほとんど出来ているので、あと少し」のようなことが書いてあります。
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まずスケルツォの1番ですが、スルタノフの筆跡で"Thank you very much. Very well done" と書かれています。TELDECのエンジニアへのメッセージかもしれませんが、はっきりとはわかりません。
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次にスケルツォの2番ですが、こちらも使われた形式があり、正確に判断出来ないのですが「時には録音を聞いてみると、、、」と書かれています。アナログかデジタルかなどのようなコメントも見られます。
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解読不能な書き込みもありました。何語かもわかりません。
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スケルツォ4番も多少の書き込みがあります。あちこちに 121 という記載があります。意味がわかりませんが、123 ではなく 121 とカウントするのでしょうか。
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もう1つ
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ショパン:ピアノ協奏曲
こちらは古くて本の表紙は取れていますが、パデレフスキ編です。ロシア語版。
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この本は間違いなくスルタノフ本人が学生時代に勉強に使ったと思います。書き込みは基本的にロシア語ですが、音楽用語はそのままアルファベットで書きこまれるようです。スルタノフがこの曲をいつ勉強したかははっきりしませんが、強い書き込みはポポヴィチ先生のものと思います。
アドバイス、強弱や音楽用語、指使いなどそこそこの書き込みがあります。
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さて、これは協奏曲集で、果たしてスルタノフは1番を練習していたのかどうか、というのが気になるところですが、2番と比べると1番のページは真っ白です。しかし、非常に注意深く見てみたところ、2点だけ書き込みを発見しました。
まず1つ目は冒頭ですが、謎の「086」という書き込みがあります。意味はわかりません。
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もう1つ、何故か赤丸がついているところを発見しました。これ以外には本当に書き込みがありません。
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ところで、実はもう1冊、ショパンの協奏曲の2番のみの楽譜が入っていました。モスクワ出版のもので、かなり古い楽譜です。
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この楽譜にはほとんど書き込みがありません。おそらくコンチェルトなので、楽譜を2冊保有していたのではないかとも思います。2楽章のほんの一部だけ書き込みがありました。ひょっとするとポポヴィチ先生が、ついつい書いてしまったのかもしれません。
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ショパン:バラード集
アメリカでお馴染みのSchirmer版です。表紙にはやはり鉛筆で Thank youの文字があり、誰かのお茶目な You're welcome のサインもあります。
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スルタノフのレパートリと言えば1番と4番ですが、1番には書き込みがありません。
しかし、この楽譜には大変興味深い記述がありました。1番の最後のページですが、Carl Tausig はこのように弾いたとして、3度のスケールが書いてあります。スルタノフは1997年公演などでまさにこのように弾いていますが、この楽譜の影響かもしれません。
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バラード4番には書き込みがありますが、これもTELDECのエンジニアとの会話の可能性があります。
最初のページには、間違い(?)がある部分などに〇をした、という書き込みがあり、楽譜のところどころに〇がついています。
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読めませんが書き込みがあります。
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こちらも理解は出来ないですが、親指のDに〇がついているのは、何となくスルタノフらしいと思います。
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テンポについての注意もあります。
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コーダにもいくつか注意が書かれています。
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ショパン:ピアノソナタ第3番
今回手元にあるショパンの楽譜のほとんどは、書き込みがあまりないのですが、この曲は書き込みが激しいです。楽譜は、本そのものではなく、持ち運ぶために製本したものです。
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3楽章には、文字の書き込みがあります。ポポヴィチ先生なのか、ナウモフ先生なのか。
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ショパン:ノクターン作品55(自筆譜)
何故か入ってました。スルタノフも自筆譜を読むことがあったのでしょうか。作品55はレパートリにはありませんが、晩年のホロヴィッツがOp.55-2を弾いていたので、興味があったかもしれませんね。
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中も綺麗です。
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さて、頂いた楽譜の多くはショパンでしたが、それ以外もあります。
別のエントリでご紹介させて頂きたいと思います。
posted by Murakami at 17:05| Comment(0) | 一般

2020年02月01日

グネーシン音楽学校に飾られた写真

以前、「モスクワに飾られるスルタノフの写真」というブログエントリで、下田幸二先生のTwitter写真をご紹介したことがありますが、おそらく同じものを撮影した別の写真を、モスクワ在住のピアニスト様から頂きましたので、ご紹介させて頂きます。

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ホールに飾られた写真ということですが、これは、グネーシン音楽学校の大ホールの舞台裏に入ってすぐのところに飾ってあるそうで、逆に言うと通常のコンサート客は見れないところに飾ってあるようです。貴重ですね。

なお、写真の右下には何やらロシア語でごにょごにょ書いてありますが、ここには
クライバーン国際コンクール第1位受賞(フォートワース/USA)、ショパン国際コンクール最高位受賞(ワルシャワ/ポーランド)と書いてありそうです。

前回のブログエントリでも書きましたが、スルタノフは2000年にここでコンサートを行っています。既にアメリカ在住時代ですから、モスクワのファンにとっては大変貴重な機会だったと思います。
以下はその時の1シーンです。
posted by Murakami at 21:05| Comment(0) | 一般

2019年12月31日

2019年、今年1年どうもありがとうございました

2019年はスルタノフ(1969-2005)の生誕50周年でした。いつも当ブログを応援して下さっている皆様に感謝申し上げます。

今年の8月7日まで、別名「週刊アリョーシャ」として、このブログを毎週1本投稿することは、ここ数年の目標でした。今後少しペースを落とすものの、スルタノフを愛する日本のファンのために、情報提供を続けていきたいと思います。

今年はメモリアルイヤーであったこともあり、いろいろな活動がありました。

まず3月には、「Tribute to Sultanov Vol.5 〜今泉響平 CD発売記念リサイタル〜」を実施しました(終了報告)。スルタノフファンだけでなく、ホロヴィッツファンの方々にも会場へお越し頂き、音楽を共有出来たことはよかったです。また、このコンサートがきっかけとなり、「ホロヴィッツ 全録音をCDで聴く」の中で、スルタノフに関する内容も言及されたことは喜ばしいことです。

5月にはテキサスでスルタノフのトリビュートコンサートが開催されました。こちらも毎年のことですが、Daceさんが大変精力的に活動されています。フォートワースにスルタノフの噴水を作るというプロジェクトの進行状況も報告されました。なお、Daceさんはこの年末に、テキサスから別の町へ引っ越しされるという話もあります。今後アメリカのサポートコミュニティがどのようになっていくかは、当ブログでも報告していきたいと思います。

同じく 5月には、ピアニストの今泉響平さんが、スルタノフ版の楽曲が含むCDを発売されました。収録された楽曲はこれまで Tribute to Sultanovシリーズでも演奏されてきました。是非ご本人にも聞いて頂きたかった力作です。

6月には、仙台国際音楽コンクールで来日していた、スルタノフファンの、アンドレイ・デニセンコ氏との交流企画を実施しました(終了報告)。大変フレンドリーなデニセンコ氏との交流で、スルタノフというピアニストを通じて、日本とロシアの距離がまた1つ縮まることになりました。

さらに6月には、ピアニストの日高志野さんが、スルタノフの故郷タシケントでコンサートに出演したことをご紹介しました。そして、この演奏会がスルタノフ作によるモーツァルト協奏曲カデンツァの本人以外の初演ということになります。歴史的なイベントでした。日高さんは、ウスペンスキー音楽学校とも交流をしてきて下さり、私たちの理解もますます深まりました。

8月には今年の最重要企画であった、Tribute to Sultanov 特別版を開催し、豪華4組のピアニスト、さらには若い学生たちによるスルタノフイベントを開催することが出来ました(終了報告)。
このコンサートを世界に紹介することをきっかけに、ロシアのスルタノフファンの方々ともコミュニティ同士交流することが可能になりました。

9月にはポーランドのクラクフで、スルタノフの生誕50周年をもお祝いに含む、Sfogato国際音楽祭が開催されました(終了報告)。日本のコミュニティを代表して、ポーランドの代表、および弟のセルゲイ氏と3人で連弾を行いました。
さらに、プライベートな話ではありますが、その後モスクワではスルタノフファミリーと会食をし、交流を深めて参りました。

12月にはロシアのオムスクで、スルタノフの名前を冠にした音楽イベントが開催されました。

今年は各種イベントを企画出来たこともよかったですが、世界中のスルタノフファンと大きく繋がることが出来ました。これは、日本がこれまで実施してきたイベントを世界に紹介出来た、という意味でもあり大変よかったです。
日本はロシアに比べてイベントは開催出来ているものの、ロシアにはスルタノフの音楽を真に愛するファンがまだたくさんいるのだ、ということをよく理解しました。彼らとともに、世界レベルの新しい活動も今後生まれていくと思います。

来年2020年は、スルタノフの没後15周年の記念イヤーでもあります。日本では特にイベントを今のところ企画しておりませんが、世界中でまた何らかイベントが開かれるでしょう。当ブログでは、そこらへんも、またお伝えしていきたいと思います。

本年1年、ブログをお読みいただきどうもありがとうございました。また来年も、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by Murakami at 16:25| Comment(0) | 一般

2019年12月26日

ロシア・オムスクの芸術学校で開催されたアレクセイ・スルタノフイベント

ロシアにオムスクという都市があります。そこの音楽学校でスルタノフの名前を記念した音楽祭・コンクールが開催されました。このイベントは、オムスク第10芸術学校のピアノ科長 Tatiana Zubkovaさんの提案で始まり、これに賛同する芸術学校によるイベントになりました。

まず11月23日には、オムスクの第5芸術学校で、ピアノ科の生徒たちによるスルタノフに捧げたコンサートが開催され、ショパンやプロコフィエフが演奏されました。コンサートでは、スルタノフの生涯が紹介されたほか、演奏の動画なども流れました。

12月14日、オムスクの第10芸術学校ではコンクールが開催されました。会場にはスルタノフの写真が用意され、TV局も入りました。1年生から9年生までの、合計63人が参加し、出場者全員に、スルタノフの写真が入ったディプロマ賞状、また小冊子が渡されました。

12月16日には、続いて第4芸術学校でコンクールが開催されました。この学校では毎年12月に冬の学内イベントとして音楽祭を行っていますが、今年はスルタノフの生誕50周年を記念して、特別な形で行われました。コンクールは、スルタノフが演奏する「革命のエチュード」から始まりました。

12月20日には、第13芸術学校でコンクールが開催されました。

このイベント全体に関して、オムスクの第10芸術学校のサイトでレポートがあがっています。
ロシア語で書いてありますが、そこで紹介されている多くの写真は感動的ですので是非以下のページをご覧ください。
Новости 23.12.2019 Памяти Алексея Султанова

そして、この内容がテレビで放映されました。この特集には、なんと、マツーエフのインタビューも入っています。
マツーエフはスルタノフが参加した1998年のチャイコフスキーコンクールで優勝していますが、ロシアの音楽ファンからは、この時ドレンスキー教授の生徒がファイナリストの多くを占めたことに疑問を持つ人も多いです。
ロシアのピアノ事情に詳しいロシア人によると、マツーエフがスルタノフについて何かを語ったのは、初めてではないか、とのことで、大変貴重な内容です。そのインタビューの中でマツーエフはこのようなことを言っています。
類い稀な才能を持ち、ロシアン・ピアノ・スクールを代表する1人だったと思います。彼はモスクワ音楽院で、レフ・ナウモフ教授に学び、ヴァン・クライバーンコンクールで優勝し、アメリカに住み、世界中で演奏しました。私は幸いにも彼をよく知っています。不幸にして、彼は若くして亡くなってしまいました。私は、自分は彼のファンだったと言えるでしょう。

ということです。インタビューへの回答であったとしても、マツーエフがスルタノフのファンだった、と言ったことに、多くのロシア人スルタノフファンが驚きを隠せずにいます。

以下が、その放映内容になります。ロシア語ではありますが、是非コンクールやマツーエフのインタビューなど、その雰囲気を感じてみて下さい。
posted by Murakami at 21:50| Comment(0) | コンサート

2019年12月18日

音源を判定する

先日YouTubeを歩き回っていると、ふと以下の録音を見つけました。



この録音、確かに2ページ目のところで、スルタノフの有名な内声弾きを行っているのですが、何回聞いても、私にはどうもスルタノフが弾いている気がしません。
そもそも情報として、1989年に17歳ではないというのもありますし、"SUPER RARE"としているのも怪しいです。

一方で、こちらはスルタノフが演奏した録音です。

もちろんライブの熱気もありますが、スルタノフらしい躍動感やリズムの取り方にあふれていると思います。

ふと気になって、詳しそうなロシア人2名に聞いてみましたが、彼らもスルタノフの録音ではない、といいます。
皆さんはどのように思いますか?お時間があったら、上の2つを聞いてみて下さい。
posted by Murakami at 21:36| Comment(3) | 演奏